「もっと楽に、長く泳ぎたい」そう思ったとき、多くの人は水をかく力(プル)を鍛えようとします。しかし、実は同じくらい、あるいはそれ以上に大切なのが「リカバリー」です。水泳リカバリーとは、かき終えた腕を前に戻す動作のこと。
この動きがスムーズになると、疲れにくくなるだけでなく、水の抵抗が減り、驚くほどスイスイ進むようになります。「腕を戻すだけ」と思われがちですが、そこには上達のヒントがたくさん隠されています。この記事では、初心者の方にもわかりやすく、今日から実践できるリカバリーのコツをご紹介します。
水泳リカバリーとはどのような動作なのか

水泳用語としての「リカバリー(Recovery)」は、直訳すると「回復」ですが、実際の泳ぎの中ではもう少し具体的な意味を持っています。まずは、この言葉が指す本来の意味と、なぜそれが重要なのかを整理していきましょう。
水をかいた腕を前方へ戻す移動局面
最も基本的な定義として、リカバリーとは「ストローク(水をかく動作)が終わった後、腕を再び前方の入水位置まで戻す局面」のことを指します。クロール、背泳ぎ、バタフライでは空中で、平泳ぎでは水中で行われます。単に元の位置に戻すだけでなく、次の「水をかく動作」へスムーズに繋げるための運びが求められます。この動作が雑になると、次のキャッチ(水を掴む動作)がうまくいかず、推進力が生まれません。
筋肉を「回復」させるリラックスタイム
リカバリーには、その名の通り「筋肉の回復(休憩)」という役割があります。水をかいている間、腕の筋肉は強く緊張していますが、リカバリーの局面ではその緊張を解く必要があります。ここで力を抜くことができれば、血流が促され、疲労物質が溜まりにくくなります。上級者が何キロ泳いでも疲れにくいのは、この一瞬の「抜き」が非常に上手だからです。逆に、戻す時にも力が入っていると、すぐに肩がパンパンになってしまいます。
次のストロークへの準備と位置取り
リカバリーは、単なる移動ではなく「次の攻撃の準備」でもあります。良い位置に腕を着水(エントリー)させるためには、リカバリー中の軌道が正確でなければなりません。例えば、遠くへ入水しようとしすぎて体幹がぶれたり、逆に近すぎて窮屈になったりすると、その後の水をかく動作の効率が落ちてしまいます。適切な軌道を通ることで、最も力が出しやすいポジションへ腕をセットすることができるのです。
泳ぎのバランスを保つためのバランサー
泳いでいる最中、体は常に不安定な水の上に浮いています。リカバリー動作は、この不安定な状態を安定させる「バランサー」の役割も果たしています。例えばクロールの場合、右腕を前に戻す重みを利用して、左側のボディローテーションを助けるといった連動性が生まれます。腕の重さを上手に利用することで、筋力に頼らずに体を回転させ、リズミカルな泳ぎを生み出すことができるのです。
クロールにおける理想的なリカバリーのコツ

ここでは、最も悩む人が多い「クロールのリカバリー」に焦点を当てて解説します。見た目が綺麗なだけでなく、理にかなった省エネ泳法を身につけるためのポイントを見ていきましょう。
肘を一番高い位置にする「ハイエルボー」
クロールのリカバリーでよく耳にするのが「ハイエルボー(肘を高く上げる)」です。これは、手首や指先よりも肘が高い位置にある状態を指します。肘を高く保つことで、腕全体をコンパクトにたたむことができ、重心が体の中心近くに集まります。これにより、遠心力で体が振り回されるのを防ぎ、スムーズに腕を前方へ運ぶことができます。ただし、柔軟性には個人差があるため、無理に上げすぎて肩を痛めないよう注意が必要です。
手首と指先の力は完全に抜く
リカバリー中の手首は、幽霊の手のように「ダラン」と力が抜けているのが理想です。指先に力が入ってピンと伸びていると、腕全体の筋肉が緊張してしまい、休息になりません。水から手が離れた瞬間、手首の力をフッと抜き、指先が水面近くを擦るくらい低い位置を通るように意識してみてください。脱力できているか確認するには、陸上で腕を回し、手がぶらぶらと揺れる感覚を掴むのがおすすめです。
肩甲骨から動かして可動域を広げる
「腕を回す」というと、肩の関節だけを動かそうとしがちですが、これでは窮屈な動きになります。大切なのは「肩甲骨」から動かす意識です。リカバリーの際、背中の肩甲骨を背骨側に寄せながら引き上げるイメージを持つと、肘が自然と高く上がり、腕が楽に前に出ます。肩甲骨が柔軟に動くことで、腕の重さが背中の大きな筋肉に支えられ、肩周りの小さな筋肉への負担が激減します。
リカバリーがうまくいかない原因とデメリット

「すぐに疲れてしまう」「肩が痛くなる」という悩みを持つ方は、リカバリー動作に原因があることが多いです。ここでは、初心者が陥りやすいミスと、それが引き起こすデメリットについて詳しく解説します。
手先が先行して肘が下がっている
最も多いミスの一つが、肘よりも手が先に前に出てしまう「手先リード」のリカバリーです。水面を撫でるように手が低く、肘も低い状態で戻してしまうと、水面との摩擦(抵抗)が生まれる可能性があります。また、低い軌道で腕を戻すと、遠心力で体が外側に引っ張られ、蛇行する原因になります。常に「肘が先導役、手は後からついてくる」という順序を守ることが大切です。
腕をまっすぐ伸ばしすぎている
先ほどのハイエルボーとは逆に、リカバリー中に腕をピンと伸ばしすぎているケースもよく見られます。腕が体から遠く離れた位置を通ると、その重みで体が沈みやすくなります(テコの原理をイメージしてください)。体幹がしっかりしていないと、伸ばした腕の重さに負けて腰が落ち、結果として足が沈んで大きな抵抗を受けてしまいます。リラックスして泳ぐためには、腕を適度に折りたたみ、体の近くを通すことが重要です。
体の中心線を越えて入水している
リカバリーの終盤、腕を水に入れる位置が内側に入りすぎている状態を「クロスオーバー」と呼びます。頭の延長線上を超えて反対側へ手が入ってしまうと、体はバランスを取ろうとしてくねくねと左右に振れてしまいます。これにより水の抵抗が大きくなり、無駄な体力を使うことになります。リカバリーの着地点は、あくまで「肩の延長線上」を意識し、真っ直ぐ前に伸ばすようにしましょう。
動作を急ぎすぎて「タメ」がない
「速く泳ぎたい」という焦りから、リカバリーの動作を急ぎすぎてしまうこともあります。腕をブンブンと速く回すと、呼吸のタイミングが合わなくなったり、水の中での「かき」が不十分になったりします。リカバリーはあくまで休息の時間です。空中に腕がある間は、一瞬の「タメ」や「ゆとり」を感じるくらいが丁度よいのです。リズムが崩れると、かえってスピードは落ちてしまいます。
チェックポイント:
自分の泳ぎを動画で撮ってもらうと、これらの癖が一目瞭然です。特にクロスオーバーは自分では気づきにくいので、一度確認してみることを強くおすすめします。
スムーズな動きを習得する練習ドリル

頭ではわかっていても、水中で体を思い通りに動かすのは難しいものです。そこで、理想的なリカバリー動作を体に覚え込ませるための効果的なドリル練習(部分練習)を紹介します。
指先で水面をなぞる「フィンガーチップドリル」
ハイエルボーと脱力を同時に習得できる最もポピュラーな練習です。クロールを泳ぐ際、リカバリーする手の指先(爪)で、水面をツーっと軽く引きずるようにして前に戻します。指先が水面を触れているということは、肘が高い位置にあり、かつ手首の力が抜けて下がっている証拠です。最初はゆっくりとした動作で行い、慣れてきたら徐々に通常のスイムに近づけていきましょう。
脇の下を触ってから戻す「サムアップドリル」
肘を高く上げる感覚がどうしても掴めない人におすすめのドリルです。リカバリーの際、親指(サム)で自分の脇の下を「チョン」と触ってから手を前に伸ばします。脇の下を触るためには、肘をしっかりと曲げ、高く上げなければなりません。この強制的な動作によって、ハイエルボーに必要な関節の動きを体にインプットします。「触って、伸ばす」というツーテンポのリズムで行ってみてください。
片手だけで泳ぐ「片手クロール」
片方の腕は前に伸ばしたまま(あるいは体側に付けたまま)、もう片方の腕だけでクロールを泳ぎます。意識を片腕だけに集中できるため、リカバリーの軌道や肩甲骨の動きを細かく確認できます。呼吸をするサイドだけでなく、呼吸しないサイドの練習も重要です。体幹がブレないように注意しながら、鏡を見るようなつもりで丁寧に行いましょう。ビート板を使っても構いません。
リカバリー動作を安定させる陸上トレーニング

プールに行けない日でも、自宅でできるトレーニングでリカバリーの質を高めることができます。特に、肩周りの柔軟性とイメージ作りが鍵となります。
肩甲骨の可動域を広げるストレッチ
リカバリーがスムーズにできない最大の要因は、肩周りの硬さにあります。特に肩甲骨周りが固まっていると、肘を高く上げることができません。両手を肩に置き、肘で大きな円を描くように回す「肘回し」や、背中で手を組んで伸ばすストレッチを日常的に行いましょう。お風呂上がりなど、体が温まっている時に行うとより効果的です。肩甲骨が滑らかに動くようになると、驚くほど腕が軽く回るようになります。
鏡の前で行うフォームチェック
大きな鏡の前で立ち、クロールの腕の動きをゆっくりと再現してみましょう。自分の目で「肘の位置」「手首の脱力具合」「手の軌道」を確認できるのが陸上練習の最大のメリットです。実際に水着になる必要はありません。服を着たままでも、お風呂に入る前でも構いません。「肘から引き上げ、手が遅れてついてくる」という動きを目で見て脳に焼き付けることで、水中での再現性が高まります。
ゴムチューブを使った動き作り
柔らかいゴムチューブを足で踏んで固定し、端を手に持ってクロールの動作を行う練習です。チューブの適度な負荷がかかることで、どこの筋肉を使っているかが明確になります。特に、引き上げ動作の時に、僧帽筋(首の横)に力が入りすぎて肩がすくんでいないかチェックしてください。肩を下げたまま、背中の筋肉を使って肘を引き上げる感覚を養うのに最適です。
水泳リカバリーとは上達の近道!まとめ
今回は「水泳リカバリーとは」というキーワードで、その意味や上達のコツについて解説してきました。
リカバリーは単なる「腕の戻し」ではなく、筋肉を休ませ、次の推進力を生み出すための重要な準備動作です。特にクロールにおいては、肘を高く保つ「ハイエルボー」と、手首の「脱力」が大きなポイントとなります。
初心者のうちは、どうしても「水をかくこと」に必死になりがちですが、一度視点を変えて「いかに楽に腕を戻すか」に意識を向けてみてください。リカバリーが改善されると、肩の疲れが減り、驚くほど楽に長い距離を泳げるようになります。今回ご紹介したドリルや陸上トレーニングを取り入れ、ぜひスムーズで美しい泳ぎを手に入れてください。
記事のポイント
・リカバリーは「休憩」と「準備」の時間。
・手首の力を抜き、肘からリードして動かす。
・肩甲骨の柔軟性がスムーズな動きの鍵。
・ドリル練習で体に正しい軌道を覚えさせる。



