クロールを泳いでいて、「一生懸命腕を回しているのに、思ったように前に進まない」「すぐに腕や肩がパンパンに疲れてしまう」という悩みを抱えていませんか。
プールサイドから上級者やトップスイマーの泳ぎを観察していると、ある共通点に気づくはずです。それは、水面の上でも水中でも、肘が高い位置に保たれた美しいフォーム、「ハイエルボー」です。
ハイエルボーは、水泳において「効率よく速く泳ぐ」ための最も重要な技術の一つと言われています。しかし、見よう見まねでやってみると、肩が窮屈に感じたり、逆に力が入りにくかったりと、習得のハードルが高いテクニックでもあります。
「自分には柔軟性がないから無理だ」と諦めてしまう方も多いのですが、実は体の使い方や力の入れる方向を少し変えるだけで、誰でも感覚をつかむことができるのです。
この記事では、ハイエルボーがなぜ必要なのかという基本的な理論から、初心者の方でも実践しやすい具体的なやり方、そして陸上やプールで行える効果的な練習メニューまでを、やさしく丁寧に解説します。
推進力を劇的に変える「魔法のフォーム」をマスターして、楽に長く、そして速く泳げる自分へとステップアップしましょう。
ハイエルボーとは?知っておくべき2つの意味とメリット

水泳の指導現場や雑誌などで頻繁に目にする「ハイエルボー」という言葉。直訳すると「高い肘」となりますが、具体的にどの瞬間のことを指しているのか、曖昧なまま覚えている方も少なくありません。
実はハイエルボーには、大きく分けて「水中動作」と「空中動作(リカバリー)」という2つの異なる局面での意味があります。
どちらも肘が高い位置にあることは共通していますが、その目的や役割は全く異なります。まずはこの違いを明確にし、なぜハイエルボーを目指すべきなのか、そのメリットを深く理解することから始めましょう。
水中動作でのハイエルボー(キャッチ~プル)
一つ目は、腕が水の中にある時の動きです。水泳用語では「EVF(Early Vertical Forearm)」とも呼ばれ、水をかき始める「キャッチ」の段階で、素早く前腕(肘から先)を垂直に立てる動作を指します。
一般的に「速く泳ぐために不可欠なハイエルボー」と言うと、この水中動作を指すことがほとんどです。手首や指先よりも肘を高い位置(水面に近い位置)にキープしたまま、水を抱え込むようにして後方へ運びます。
この形ができると、手のひらだけでなく、手首から肘までの「前腕全体」をパドルのように使って水を捉えることが可能になります。水の抵抗を最大限に推進力へと変えるための、最も効率的なフォームです。
リカバリーでのハイエルボー(空中動作)
二つ目は、水をかき終わった腕を水面から抜き、空中で前方へ戻す「リカバリー」の動作です。
肘を天井に向かって高く引き上げ、指先は水面すれすれを通るようにして腕を運びます。見た目が美しく、優雅に見えるため、フォームの綺麗さを重視する際に指導されることが多いポイントです。
この動作の最大の目的は、腕の筋肉を休ませる「リラックス」と、重心移動をスムーズにすることです。指先や前腕をだらりとさせることで、無駄なエネルギー消費を抑え、長距離を楽に泳ぎ続けるための省エネ泳法につながります。
なぜハイエルボーが必要なのか?3つの大きなメリット
ハイエルボーの習得には時間がかかりますが、それに見合うだけの大きなメリットがあります。
まず1つ目は、「推進力の飛躍的な向上」です。肘が落ちた状態で水をかくと、手のひらだけで水を撫でるような動きになり、力が逃げてしまいます。ハイエルボーなら、背中の大きな筋肉(広背筋)を使って、重たい水を逃さずに後ろへ押し出せます。
2つ目は、「前方投影面積の減少」です。肘を高く保つことで、水を受ける体の面積が小さくなり、水の抵抗を減らすことができます。つまり、ブレーキをかけずに進めるようになるのです。
3つ目は、「怪我の予防」です。正しい軌道で腕を動かすことで、肩関節への無理な負担が減り、長く水泳を楽しむことができます。
ストレートアーム泳法との違い
最近の競泳界、特に短距離種目では、肘を曲げずに腕を伸ばしたまま大きく回す「ストレートアーム」という泳法も注目されています。
ストレートアームは遠心力を使って爆発的なスピードを生むのに適していますが、エネルギー消費が激しく、肩への負担も大きいため、高い身体能力が求められます。
一方でハイエルボーは、水の抵抗を避けながら効率よく進むことに特化しています。そのため、中長距離を泳ぐ場合や、楽に長く泳ぎたい市民スイマーにとっては、やはりハイエルボーが最も推奨される泳ぎ方と言えるでしょう。
【水中編】推進力を爆上げするハイエルボーのやり方

ここからは、実際に速く泳ぐために最も重要な「水中でのハイエルボー」の具体的なやり方を深掘りして解説します。
「水がスカスカ抜けていく感じがする」という方は、この水中動作を見直すだけで、水が重たく感じられ、グンと体が前に進む感覚が得られるはずです。
動きを分解して、一つひとつのフェーズを確認していきましょう。
1. 入水後は焦らず「ため」を作る(グライド)
ハイエルボーを成功させる最初の鍵は、手が水に入った(入水)直後の動きにあります。
多くの人は、入水した瞬間に水をかき始めてしまいますが、これでは肘を立てる準備ができません。まずは腕を前方へスッと伸ばし、体重を前に乗せる「グライド(伸び)」の時間を作ります。
この一瞬の「ため」の間に、水流を感じ、これから捉える水の位置を定めます。肩を少し前に出し、脇の下を伸ばすようなイメージを持つと良いでしょう。
2. 肘を支点にして前腕を垂直に立てる(キャッチ)
腕が伸びきったところから、いよいよ水を捉える「キャッチ」に入ります。ここが最難関であり、最も重要なポイントです。
肘の位置を水面近くの高い位置に固定したまま、肘から先(前腕)だけを内側に折り曲げ、指先をプールの底へ向けます。
イメージとしては、目の前にある大きなバランスボールや樽を、上から覆いかぶさるように抱え込む動作に近いです。あるいは、高い塀を乗り越えるときに、肘をついて体を持ち上げようとする動きを想像してみてください。
この時、肩が内側に入りすぎないように注意しながら、肘の角度が90度から110度くらいになるのを目指します。
3. 広背筋を使って水を後ろへ運ぶ(プル)
綺麗なハイエルボーの形(EVF)が作れたら、その形を崩さずに水を後ろへ運びます。
手のひらだけでなく、肘から手首までの「面」全体が後ろを向いている状態をキープしてください。まるで腕全体が一本のオールになったような感覚です。
ここで重要なのは、腕の力だけで引くのではなく、背中の筋肉(広背筋)を使うことです。脇を締めながら、自分の腹部の横を通過させるように水をかき込みます。
肘が手よりも先行して後ろに下がってしまうと、力が抜けてしまう(スリップする)ので、常に「肘が高い位置、手は低い位置」の関係を保つ意識を持ちましょう。
4. 最後まで水を押し切る(プッシュ)
おへその横を通過した後は、「プッシュ」の動作に入ります。ここでもハイエルボーの意識は続きます。
水を後ろへ押し出す際、手のひらが上を向いて撫で上げてしまわないように注意が必要です。最後まで手のひらを後ろに向け、太ももの横へ向かって水を押し切ります。
ハイエルボーが正しくできていれば、このプッシュの段階で加速感が生まれ、体がスッと前に滑る感覚を味わえるはずです。
【リカバリー編】楽に泳ぎ続けるための美しいフォーム

次に、腕を空中で前に戻す「リカバリー」でのハイエルボーについて詳しく解説します。
水中動作が「推進力」のためなら、空中動作は「休息」と「次の動作への準備」のためにあります。
力みすぎず、リラックスして行うことで、肩こりやスタミナ切れを防ぐことができます。
肩甲骨から動かし、肘を吊り上げる
リカバリーで肘を高く上げるためには、腕の筋肉で持ち上げようとしてはいけません。それでは肩(三角筋)がすぐに疲れてしまいます。
ポイントは「肩甲骨」です。プッシュで水を押し切った反動を利用し、肩甲骨を背骨側に寄せながら回すことで、自然と肘が跳ね上がる感覚をつかみましょう。
「肘に糸がついていて、天井から操り人形のように吊り上げられる」イメージを持つと、余計な力が抜けやすくなります。
前腕と手首は完全に脱力する
肘が一番高い位置にあるとき、肘から先(前腕)と手首、指先は完全に脱力して、ぶら下がっている状態が理想です。
もし手首に力が入って反り返っていたり、指先がピンと伸びていたりすると、腕全体が緊張してしまいます。
「死んだ魚」のように手首をだらんとさせ、肘の動きに手が遅れてついてくるような時間差を作ってください。この脱力が、長距離を泳ぐ際のスタミナ温存に大きく貢献します。
指先で水面をなぞる軌道を描く
リカバリー中の指先の軌道にも注目しましょう。肘が高い位置にある一方で、指先は水面すれすれの低い位置を通るのが最も効率的です。
手が空高く上がってしまうと、位置エネルギーによる入水の衝撃が強くなりすぎたり、体が沈み込む原因になったりします。
指先が水面に触れるか触れないかくらいの高さを保ち、最短距離で前方へ運びます。これを「フィンガーチップ」と呼び、丁寧なリカバリーの練習としてもよく行われます。
呼吸動作との連動を意識する
リカバリーの際、呼吸動作が入るとフォームが崩れやすくなります。顔を上げようとするあまり、支えようとして反対側の手が沈んだり、リカバリーしている腕の肘が下がったりしがちです。
呼吸をする時も、頭のてっぺんから串が刺さっているような軸を意識し、首だけを横に回すようにします。
体が横を向いている(ローテーションしている)時にこそ、肩が水面上に出やすくなるため、ハイエルボーのリカバリーは作りやすくなります。呼吸のタイミングと体の回転をうまく合わせることが成功の鍵です。
ハイエルボーができない原因とよくある間違い

理論は理解できても、いざプールに入ると「体が動かない」「肩が痛い」と感じる方も多いでしょう。
ハイエルボーがうまくできないのには、身体的な特徴や心理的な要因など、いくつかの根本的な原因があります。
自分の泳ぎを振り返り、どのパターンに当てはまるかチェックしてみましょう。
原因1:水を下に押してしまう(心理的要因)
初心者に最も多い原因がこれです。泳ぐことに不安があると、体は沈まないように無意識に浮力を求めます。
その結果、水を「後ろ」ではなく「下」に向かって押さえつけてしまうのです。水を下に押すと、反作用で体は浮きますが、肘は必ず下がってしまいます(ドロップエルボー)。
「浮くのは重心移動とキックに任せる」と割り切り、手は推進力のためだけに使うという意識改革が必要です。
原因2:肩周りと胸郭の柔軟性不足
ハイエルボーの姿勢、特にキャッチの瞬間の「肘を高くして手を内側に入れる」動きは、肩関節の「内旋」という柔軟性を必要とします。
また、肩甲骨周りや胸郭(胸の骨格)が硬いと、腕を前に伸ばした状態で肘を立てる動作が物理的に窮屈になります。
この状態で無理やりプロ選手のようなフォームを真似しようとすると、肩のインナーマッスルを挟み込んでしまい、痛み(インピンジメント症候群)を引き起こす可能性があります。
体が硬い方は、いきなり鋭角なハイエルボーを目指さず、まずは「肘が手首より下がらない」程度から始め、徐々に可動域を広げていくアプローチが安全です。
原因3:ローテーション不足による手打ち
体幹をひねる動作(ローテーション)を使わずに、フラットな姿勢のまま腕の力だけでハイエルボーを作ろうとしていませんか。
人間の肩の構造上、体を正面に向けたまま肘を高く上げるのには限界があります。
クロールは、左右に体を傾けながら泳ぐ種目です。リカバリーやキャッチの瞬間に、体を適切に傾けることで、肩の位置自体が高くなり、無理なくハイエルボーの形を作ることができるようになります。
原因4:必要な筋力の不足
水中で水を抱え込む動作には、広背筋や上腕三頭筋、そして肩のインナーマッスルの強さが必要です。
特に、肘を立てた状態で水の抵抗に負けないように維持するのは、慣れていない筋肉にとっては高負荷な作業です。
練習後半で疲れてくると肘が落ちてくるのは、この筋持久力が尽きてしまっている証拠です。泳ぎ込みやドリル練習を通じて、ハイエルボーを維持するための専門的な筋力を養う必要があります。
柔軟性チェック:鏡の前で腕を横に上げ、肘を90度に曲げます。その状態で、肘の位置を変えずに手だけを下に向けてみましょう。手がスムーズに下を向き、前腕が床と平行近くまで倒れれば、十分な柔軟性があります。もし痛みや詰まりを感じる場合は、入念なストレッチが必要です。
初心者におすすめの練習ドリル5選

正しいハイエルボーを身につけるためには、普通のクロール(コンビネーション)を泳ぐだけではなかなか修正できません。
動きを分解し、特定の動作に集中する「ドリル練習」が非常に効果的です。
ここでは、初心者の方でも取り組みやすく、かつ効果が高い練習メニューを5つ紹介します。ウォーミングアップや練習の合間に取り入れてみてください。
1. ドッグパドル(犬かき)
最も基本的で、かつ感覚をつかみやすいドリルです。顔を上げて(または水につけて)、両手を前に出します。
肘を高い位置に固定したまま、交互に小さく水をかきます。手はお腹の下あたりまで戻し、水面から出さずに前方へ戻します。
大きく回す必要はありません。前腕で水を「捉える(キャッチ)」感覚だけに集中しましょう。進むスピードよりも、水が手に引っかかる重さを感じることが目的です。
2. フロントスカーリング
両手を前に伸ばした状態で、手のひらを外側・内側へと小刻みに動かし、水をこねるようにして浮力と推進力を生み出す練習です。
この時、肘の位置を動かさないように固定し、肘から先だけで水を捌くようにします。
この「肘を支点にして前腕を動かす」感覚は、ハイエルボーのキャッチ動作そのものです。水をとらえる繊細な感覚(水感)を養うのに最適です。
3. フィストスイム(グーで泳ぐ)
手を軽く握って「グー」の状態にし、通常のクロールを泳ぎます。
手のひらの面積が極端に小さくなるため、そのままではスカスカして全く進みません。前に進むためには、嫌でも「前腕(腕の内側)」を使って水をかかなければならなくなります。
「進まないから肘を立てて面積を稼ぐ」という身体的な工夫を自然と引き出すことができる、強制力の強いドリルです。25mをグーで泳いだ後、すぐにパーで泳ぐと、手のひらだけでなく腕全体で水を押せている感覚に驚くはずです。
4. 片手クロール(キャッチアップ)
片方の腕だけを回し、もう片方の腕は前に伸ばしたまま待機させる練習です。
片手ずつ行うことで、意識を集中させることができます。また、呼吸の際に、前に伸ばしている待機側の手が下がらないように注意しましょう。
自分の目線で、キャッチの瞬間に肘が立っているかを確認しながら泳ぐことができるため、フォーム修正に非常に役立ちます。慣れてきたら、太ももを触ってからリカバリーするなど、動作を丁寧に行いましょう。
5. パドルを使った矯正練習
水泳用の練習道具である「パドル」を装着して泳ぐのも有効です。
特に、指先だけにかけるタイプの小さめのパドルや、ハイエルボー矯正専用のパドルを使用すると効果的です。
もし肘が落ちて誤った角度で入水すると、パドルが水の抵抗で外れそうになったり、変な方向に持っていかれたりします。パドルが安定して水を捉えられる角度を探すことで、自然と正しいフォームへと導かれます。
ただし、大きなパドルは肩への負担が大きいので、最初は小さなものから使い、無理のない範囲で行ってください。
まとめ:ハイエルボーのやり方をマスターしてレベルアップ
今回は、クロールのレベルアップに欠かせない重要テクニック「ハイエルボー」について、その理論から実践方法まで詳しく解説しました。
記事のポイントを振り返ってみましょう。
- 2つのハイエルボー:「水中での推進力アップ(EVF)」と「空中でのリラックス(リカバリー)」という異なる目的がある。
- 水中動作のコツ:入水後に一瞬待ち、ボールを抱え込むように肘を立て、前腕全体を使って水を後ろへ運ぶ。
- 空中動作のコツ:肩甲骨から動かし、肘で吊り上げられるイメージで脱力する。
- できない原因:水を下に押してしまう心理、柔軟性不足、ローテーション不足などを理解し、無理のない範囲で改善する。
- 地道な練習:ドッグパドルやフィストスイムなどのドリルを通じて、水を捉える感覚を養う。
ハイエルボーは、一朝一夕で身につくものではありません。最初は違和感があったり、思うように力が入らなかったりするのが当たり前です。
しかし、焦らずにドリル練習を継続し、「肘を高く保つ」意識を持ち続けることで、体は必ずその動きを学習していきます。
ある日ふと、「水がガチッと手に引っかかる」「軽くかいているのに体がスイスイ進む」というブレイクスルーの瞬間が訪れるはずです。
ぜひ今日からの練習にハイエルボーの要素を取り入れ、より楽に、より速く泳げる新しい自分に出会ってください。



