「もっと楽に長く泳げるようになりたい」
「タイムがなかなか縮まらない」
そんな悩みを抱えているスイマーは多いのではないでしょうか。
ただ闇雲に距離を泳ぐだけでは、間違ったフォームが固まってしまい、上達の妨げになってしまうこともあります。そこで取り入れたいのが「水泳ドリル」です。ドリル練習は、泳ぎを部分的に分解し、一つひとつの動作を丁寧に確認しながら修正していくためのトレーニング方法です。
トップアスリートから初心者まで、レベルを問わず実践されているこの練習法は、効率の良い美しいフォームを手に入れるための最短ルートと言えるでしょう。この記事では、水泳ドリルの基礎知識から、今日からすぐに使える具体的なメニュー、そして練習の効果を高める道具の活用法までをわかりやすく解説します。
水泳ドリルの基本知識と練習に取り入れるメリット

水泳の練習において「ドリル(Drill)」という言葉を耳にすることがよくありますが、具体的にどのような練習を指すのか、その本質を理解している方は意外と少ないかもしれません。ドリル練習は、単なる準備運動やウォーミングアップとは異なります。それは、泳ぎの技術を向上させるために意図的に設計された「技術練習」のことです。ここでは、水泳ドリルがなぜ上達に不可欠なのか、その基本的な考え方と具体的なメリットについて深掘りしていきましょう。
ドリル練習とは何か:泳ぎを分解して考える
ドリル練習とは、クロールや平泳ぎなどの完成された泳ぎ(コンビネーションスイム)を、キック、プル(手のかき)、姿勢、呼吸といった要素に分解し、それぞれの動きを重点的に強化・修正する練習方法です。例えば、クロールを泳ぐ際には、手と足、呼吸のタイミングを同時に制御する必要がありますが、初心者のうちはこれらを一度に意識するのは至難の業です。
そこで、「足の動きは止めず、片手だけで泳ぐ」「拳を握って泳ぐ」といった制限を加えることで、脳が処理すべき情報を減らし、特定の動作に集中できるようにします。ドリル練習は、いわば複雑なパズルを一度バラバラにして、正しいピースの形を確認しながら組み直す作業のようなものです。
正しいフォームが自然と身につく理由
水泳において、間違ったフォームで何キロ泳いでも、それは「間違った動きを強化する練習」になってしまいます。一度体に染み付いた癖を直すのは非常に時間がかかります。ドリル練習を取り入れる最大のメリットは、正しい身体の使い方を脳と筋肉にインプットできる点にあります。
ドリルでは、ゆっくりとした動作で、自分の体が水中でどうなっているかを確認しながら泳ぎます。「肘が下がっていないか」「腰が沈んでいないか」といったポイントを一つずつクリアにしていくことで、無意識の状態でも正しいフォームで泳げるようになるのです。この「意識的な動作」を「無意識の動作」へと昇華させることが、ドリル練習の究極の目的です。
水の感覚「水感」を養い推進力を得る
水泳独自の用語に「水感(すいかん)」という言葉があります。これは、手のひらや足の裏、そして体全体で水を捉える感覚のことです。上級者が軽々と進むように見えるのは、この「水感」が優れており、水を「撫でる」のではなく、しっかりと「掴んで後ろに押し出す」ことができているからです。
ドリル練習の中には、スカーリングやフィストスイム(拳で泳ぐ)のように、あえて推進力を得にくい状況を作り出すものがあります。こうした状況下で前に進もうと工夫することで、指先だけでなく前腕全体で水圧を感じる能力が研ぎ澄まされます。水感が向上すると、無駄な力を使わずに大きな推進力を得られるようになり、疲れにくい泳ぎへと変化していきます。
怪我の予防とエネルギー効率の向上
水泳は関節への負担が少ないスポーツと言われますが、無理なフォームで泳ぎ続ければ、肩や腰を痛める「スイマーズショルダー」や腰痛の原因となります。特に、水の抵抗を正面から受けるような姿勢や、肩の可動域を無視したストロークは危険です。ドリル練習を通じて、水の抵抗が最も少ない姿勢(ストリームライン)や、関節に負担のかからないリカバリー(腕の戻し方)を習得することは、怪我のリスクを大幅に減らすことにつながります。
また、抵抗が減るということは、同じ距離を泳ぐために必要なエネルギーも少なくて済むということです。楽に、速く、そして長く泳ぎ続けるためには、ドリルによるフォーム改善が最も効率的な投資となります。
初心者がまず取り組みたいクロールの基本ドリル

クロールは水泳の中で最も基本的かつ人気のある泳法ですが、同時に奥が深く、多くの初心者がフォームの乱れに悩みます。「息継ぎで足が沈む」「腕が疲れる」といった悩みは、適切なドリル練習を行うことで驚くほど改善されます。ここでは、クロールの上達に直結する、初心者でも取り組みやすい4つの基本ドリルを紹介します。これらを日々の練習に組み込むことで、泳ぎの安定感が劇的に変わるはずです。
キャッチアップクロール:伸びのある泳ぎを作る
キャッチアップクロールは、最も基本的で効果の高いドリルの一つです。通常のクロールでは左右の腕が交互に動きますが、このドリルでは「前にある手に、戻ってきた手が追いつく(キャッチアップする)まで待つ」という動作を行います。具体的には、左手を前に伸ばしたまま右手を回し、右手が左手に触れるか並ぶまで待ってから、今度は左手を回し始めます。このドリルの狙いは、「グライド(伸び)」の時間を長く確保することです。
初心者はどうしても手を回すことに必死になり、推進力が生まれる一番大切な「伸び」の時間を省略しがちです。両手が前に揃う瞬間を作ることで、体が一直線になる時間を強制的に作り出し、水の抵抗が少ない姿勢を体に覚えさせることができます。
片手クロール:左右のバランスと呼吸を整える
片手クロールは、その名の通り片手だけでクロールを行い、もう片方の手は体側に添えておくか、前方に伸ばしたままにしておくドリルです。通常は25メートルごとに左右を交代するか、12.5メートルで切り替えます。この練習の目的は、ストロークの軌道と体のローテーション(回転)を片側ずつ丁寧に確認することです。
特に、息継ぎの動作が苦手な方におすすめです。動かしていない側の肩が沈みすぎたり、逆に浮きすぎたりしないよう、体幹を使ってバランスを取る必要があります。呼吸をする際は、頭を上げるのではなく、体の軸を回転させる勢いを利用して自然に口が水面に出る感覚を掴みましょう。苦手な側(多くの場合は利き手と逆側)を重点的に行うことで、左右非対称な泳ぎを矯正できます。
フィストスイム:前腕全体で水を捉える
フィストスイムは、手を「グー(握り拳)」にした状態でクロールを泳ぐドリルです。普段、私たちは手のひらの面積に頼って水をかいていますが、拳にすることでその面積をわざと小さくします。すると、前に進むためには手のひらだけでなく、手首から肘までの「前腕」全体を使って水を後ろに押さなければなりません。
また、「肘を立てる(ハイエルボー)」という動作ができていないと、拳の状態では全く水が引っかかりません。このドリルを行った直後に普通の手(パー)で泳ぐと、手のひらが巨大になったかのように重く感じ、驚くほど水が掴める感覚を味わえます。これが正しい「キャッチ」の感覚です。パワーに頼らず、テクニックで進む感覚を養うのに最適な練習です。
サイドキック:安定した呼吸とボディポジション
クロールで最も抵抗を生む原因の一つが、呼吸時の下半身の沈み込みです。これを解消するために有効なのがサイドキック(横向きキック)です。体を真横に向け、下側の手は前方に伸ばし、上側の手は体側に添えます。顔は床を見るか、横に向けておきます。
この状態でバタ足を打ちながら進みます。ポイントは、頭のてっぺんから足先までが一直線になる軸をキープすることです。体が「くの字」に曲がらないよう、お腹に力を入れましょう。呼吸をする時は、顔を少し回転させるだけで口が水面に出る位置を探します。この姿勢が安定すれば、クロールの息継ぎ動作が非常にスムーズになり、無駄な抵抗を受けずに泳ぎ続けることができるようになります。
苦手を克服するための泳法別おすすめドリル

クロール以外の泳法にも、それぞれの特性に合わせた効果的なドリルが存在します。平泳ぎ、背泳ぎ、バタフライは、クロールとは異なる体の動かし方が求められるため、専用のドリルで感覚を養うことが近道です。ここでは、各泳法の初心者が陥りやすいポイントを克服するための代表的なドリルを紹介します。自分の苦手な泳法に合わせて、ぜひチャレンジしてみてください。
平泳ぎのタイミングを掴む「2キック1プル」
平泳ぎで最も難しいのは、手と足のタイミング合わせです。同時に動かしてしまうと、推進力が相殺されてしまい、全く進みません。そこでおすすめなのが「2キック1プル」です。通常通り一度手をかいて呼吸し、キックをして伸びます。その伸びた姿勢のまま、もう一度キックだけを行います。つまり「ひとかき」に対して「ふたけり」を入れるのです。
このドリルの目的は、「伸びる時間」を十分に感じることです。平泳ぎの推進力の大半はキックの後の「伸び」で生まれます。2回目のキックを入れることで、強制的に手を前に伸ばしたまま待つ時間ができ、ストリームライン(けのび姿勢)を維持する意識が高まります。あわてて手をかき始めてしまう癖がある人には特におすすめです。
背泳ぎの軸を安定させる「おでこペットボトル」
背泳ぎで蛇行してしまったり、体が沈んでしまったりする主な原因は、頭が動いてしまうことにあります。頭が左右に振れると体全体がくねり、顎が上がると腰が沈みます。これを矯正するユニークかつ効果的なドリルが、おでこの上に水の入った500mlペットボトル(またはビート板やプルブイ)を乗せて泳ぐ練習です。落とさないように泳ぐためには、頭を枕に乗せるように固定し、視線を一定に保つ必要があります。
また、体のローテーション(肩の回転)をスムーズに行わないとバランスが崩れて物体が落ちてしまいます。このドリルを成功させるには、体幹を安定させ、無駄な力を抜くことが不可欠です。遊び感覚で取り組めますが、背泳ぎの基本姿勢を作る上で非常に高い効果を発揮します。
バタフライのうねりを覚える「片手バタフライ」
バタフライは豪快な見た目とは裏腹に、リズムと「うねり」がすべての泳法です。両手を同時に回すのは体力を消耗するため、フォームを覚える段階では「片手バタフライ」が適しています。片手は前に伸ばしたまま、もう片方の手だけでストロークと呼吸を行います。この時、最も意識すべきなのは、手が水中に入った瞬間に胸を張り、体重を前に乗せる「体重移動」です。
無理に手で水をかこうとするのではなく、体のうねりに合わせて手が自然についてくる感覚を養います。呼吸は横向き(クロールのように)で行うと楽ですが、慣れてきたら実戦と同じ前向き呼吸にも挑戦しましょう。リズムよく「トン(入水)、パッ(キック)」と泳ぐことで、バタフライ特有のタイミングを習得できます。
練習効果を劇的に高めるトレーニング道具の活用法

水泳の練習には、さまざまな補助道具(ギア)が存在します。これらは単に練習を楽にするためのものではなく、特定の筋肉や感覚を刺激し、ドリル練習の効果を何倍にも高めるためのアイテムです。市民プールなどでも使用できる場所が増えてきています。ここでは、初心者から中級者が持っておくべき4つの代表的なアイテムと、その効果的な使い方について解説します。
プルブイで下半身を浮かせ姿勢を整える
プルブイは、太ももや足首に挟んで使用する発泡スチロール製の浮き具です。これを使用すると下半身が強制的に浮くため、キックを打たなくても体が水平に保たれます。これにより、スイマーは「腕の動作(プル)」と「姿勢の維持」だけに集中することができます。初心者の多くは下半身が沈みがちで、それを補うために無駄な力を使っていますが、プルブイを使うことで「理想的な高いボディポジション」を体感できます。
また、足が固定されるため、体をひねるローテーション動作を上半身主導で行う感覚も養えます。まずは太ももの間に挟んで、リラックスした状態でクロールの手を回す練習から始めてみましょう。
パドルでキャッチの感覚と筋力を磨く
パドルは手のひらに装着するプラスチック製のプレートです。これを着けると手の面積が広がり、一度にかける水の量が増えます。これにより、二つの効果が得られます。一つは、筋力トレーニング効果です。水の抵抗が増すため、広背筋などの泳ぐための筋肉が効率よく鍛えられます。もう一つは、フォームの矯正効果です。
特に、手首や指だけで固定するタイプのパドルや、面積が大きすぎないフィンガーパドルなどは、正しい角度で入水し、水を捉えていないとすぐに外れてしまったり、抵抗が逃げてスカスカに感じたりします。パドルがずれないように泳ぐことで、自然と正しい手のひらの向きや入水角度が身につきます。ただし、肩への負担も大きくなるため、最初は小さめのサイズから始め、長時間の使用は避けるようにしましょう。
フィンを使ってスピード感と足首の柔軟性を体感する
フィン(足ひれ)は、装着するだけで推進力が格段にアップする楽しい道具です。しかし、ただ速く泳ぐためだけのものではありません。フィンを使う最大のメリットは、「流水抵抗の少ない姿勢で泳ぐ感覚」を覚えられることです。スピードが出ることで体が水面に浮き上がりやすくなり、トップスイマーが見ている景色に近い状態を疑似体験できます。
また、足首が硬い人はキックが進まない原因になりますが、フィンをつけて泳ぐことで水の抵抗により足首が強制的に伸ばされ、柔軟性を高めるストレッチ効果も期待できます。ドリル練習でフィンを併用すると、キックに体力を奪われずに手の動作に集中できるため、非常に相性の良い組み合わせとなります。
センターシュノーケルで呼吸動作を省きフォームに集中
センターシュノーケルは、顔の正面(眉間のあたり)にパイプが来る水泳専用のシュノーケルです。これを使うと、顔を水につけたまま呼吸ができるようになります。水泳、特にクロールにおいて、フォームが崩れる最大の要因は「息継ぎ」の動作です。
息継ぎのために顔を上げたり横に向けたりする際に、軸がぶれてしまうのです。シュノーケルを使えば、息継ぎの動作を完全に省略できるため、頭の位置を固定したまま、左右の腕のバランスや入水のポイントを目視で確認することに100%集中できます。首の無駄な動きをなくし、体幹の軸を安定させるトレーニングとして、近年非常に注目されているアイテムです。
効率よく上達するためのドリル練習メニューの組み立て方

どのようなドリルが効果的か分かったところで、次はそれをどのように毎日の練習メニューに組み込むかが重要になります。ただ漫然とドリルを繰り返すだけでは飽きてしまいますし、実際の泳ぎにつながらなければ意味がありません。ここでは、限られた練習時間の中で最大限の成果を出すための、賢いメニューの組み立て方を紹介します。
ウォーミングアップと組み合わせる
プールに入ってすぐに全速力で泳ぎ出すのは、怪我のもとであり練習効率も良くありません。最初のウォーミングアップの直後、体が温まってこれからメインの練習に入る前こそが、ドリル練習に最適なタイミングです。体力が十分に残っている状態で、脳もフレッシュなうちに技術練習を行うことで、正しい動きを集中して体に覚え込ませることができます。
例えば、トータル200mのウォーミングアップを行うなら、その後の10分〜15分を「ドリルタイム」として確保しましょう。「今日はキャッチ(水をつかむ動作)を意識する日」など、その日のテーマを決めてドリルを選ぶと、より集中力が高まります。
「ドリル」と「スイム」のサンドイッチ構造
ドリル練習で最も大切なのは、「ドリルで掴んだ感覚を、普通の泳ぎ(スイム)に即座に反映させること」です。そのため、ドリルだけを延々と続けるのではなく、ドリルとスイムを交互に行うセットを組むことを強くおすすめします。
例えば、以下のような組み合わせです:
【25m × 4本 セット】
1本目:ドリル(例:片手クロール右)
2本目:ドリル(例:片手クロール左)
3本目:ドリル(例:キャッチアップクロール)
4本目:スイム(通常のクロール・ドリルで意識した動きを再現)
このように、分解した動きを確認した直後に全体を統合して泳ぐことで、脳内のイメージと実際の体の動きがリンクしやすくなります。「ドリルでやったあの感覚で泳ごう」と意識しながら泳ぐ4本目は、普段よりもスムーズに進むことを実感できるはずです。
目的意識を持って本数と距離を設定する
ドリル練習では、距離や本数をこなすこと自体を目的してはいけません。「25mを何秒で泳ぐか」ではなく、「25mの間、一度も肘を落とさずに泳げたか」といった質の評価が重要です。そのため、1本あたりの距離は短く設定するのが基本です。25mプールであれば25mずつ区切って、毎回壁で一息入れてフォームを振り返るのが良いでしょう。
50m続けて行う場合でも、前半25mはドリル、後半25mはスイムといったように変化をつけるのが効果的です。疲れてフォームが崩れてきたら、無理に続けずに休憩を入れるか、簡単なドリルに戻してください。崩れたフォームでのドリルは百害あって一利なしです。常に「今の動きは理想通りだったか?」と自問自答しながら泳ぐ習慣をつけましょう。
水泳ドリルを継続して理想のフォームを手に入れましょう
水泳ドリルは、初心者から上級者まで、すべてのスイマーにとって上達の近道となる重要な練習法です。泳ぎを分解し、一つひとつの動作に向き合うことで、効率的で美しいフォームが形成されていきます。最初は思うように体が動かず、もどかしく感じることもあるかもしれません。しかし、ドリル練習は裏切りません。地味な動作の繰り返しが、ある日突然「あ、水が掴めた!」「体が軽く進む!」というブレイクスルーにつながります。
今回紹介したキャッチアップクロールや片手クロール、そして道具を使った練習などを、ぜひ明日のプールから取り入れてみてください。大切なのは、「今日はこの動きをマスターする」という明確な意図を持つことです。ドリル練習を日々の習慣にし、水と一体になるような心地よい泳ぎを手に入れましょう。

