水泳のテレビ中継などで、背泳ぎのスタート直後に選手が水中に潜ったままグングン進んでいく姿を見たことはありませんか?あれが「バサロ」と呼ばれるテクニックです。まるで潜水艦のように進む姿はとてもかっこいいですが、いざ自分でやってみると「鼻に水が入って痛い」「すぐに苦しくなって浮き上がってしまう」と悩む方も多いはず。
実は、バサロは速さだけでなく、泳ぎ全体のリズムや姿勢を整える素晴らしい効果も持っています。この記事では、初心者の方でも無理なくバサロを習得できるよう、身体の使い方から鼻が痛くならない裏技まで、やさしく丁寧に解説していきます。
水泳のバサロとは?ドルフィンキックとの違いや基本を知ろう

まずは「バサロ」という言葉の意味や、通常のドルフィンキックとの違いについて整理しましょう。言葉の由来を知ることで、このテクニックへの理解がより深まります。
バサロキックの定義と名前の由来
「バサロ」という名称は、1970年代に活躍したアメリカの競泳選手、ジェシー・バサロ(Jesse Vassallo)の名前に由来しています。彼が個人メドレーのレース中、背泳ぎの区間で潜水時間を長くしてドルフィンキックを打つ泳法を取り入れたことが始まりとされています。
日本では、1988年のソウルオリンピックで鈴木大地選手がこのバサロ泳法を武器に金メダルを獲得したことで一躍有名になりました。当時は25メートル以上も潜って進むことが可能でしたが、現在は安全面や競技性の観点から、スタートやターン後の潜水は「15メートルまで」というルールが設けられています。
うつ伏せと仰向けで何が変わるのか
一般的に「ドルフィンキック」と言うと、クロールやバタフライのようにうつ伏せ(お腹を下)にして打つキックを指します。一方、バサロキックは「背面ドルフィンキック」とも呼ばれ、仰向け(お腹を上)にした状態で打つキックのことです。
身体の使い方は基本的には同じですが、重力のかかり方や、水を捉える感覚が異なります。うつ伏せのドルフィンキックは身体の下に向かって蹴り込むイメージが強いのに対し、バサロは水面に向かって蹴り上げる動作が推進力の鍵となります。この「逆向き」の感覚に慣れることが、習得の第一歩です。
バサロを覚えるメリットとは
「選手じゃないから、そんな高度な技術はいらない」と思う方もいるかもしれません。しかし、バサロを練習することには、タイム短縮以外にも多くのメリットがあります。
まず、背泳ぎのスタートやターン後の壁を蹴った勢いを殺さずに泳ぎにつなげることができます。また、身体を一直線に保つための「体幹」が自然と鍛えられるため、通常の背泳ぎやクロールの姿勢も安定します。さらに、水中の抵抗を感じながら全身を波打たせる動きは、泳ぎ全体のリズム感を養うのに最適なのです。
推進力を生むバサロキックのメカニズムと身体の使い方

バサロキックで前に進むためには、ただ足をバタバタさせるだけでは不十分です。ここでは、効率よく水を捉えて推進力に変えるための身体の動かし方を解説します。
太ももから動かす「しなり」の重要性
初心者にありがちなのが、膝から下だけでキックを打ってしまうことです。これでは水の抵抗が増えるだけで、なかなか前に進みません。バサロキックの理想的な動きは、ムチのような「しなり」です。
動きの起点は「みぞおち」あたりを意識しましょう。みぞおちから太もも、膝、足首、そして足の指先へと、波が伝わっていくように動かします。膝は意図的に曲げるのではなく、太ももの動きにつられて自然に曲がり、最後に勢いよく伸びることで水を押します。この一連の流れをスムーズに行うことが大切です。
アップキックとダウンキックの役割分担
バサロキックには、足を振り上げる「アップキック」と、振り下ろす「ダウンキック」の2つの局面があります。推進力を生むメインの動作は、足の甲で水を水面方向へ押し上げる「アップキック」です。
しかし、アップキックを強く打つためには、その準備動作であるダウンキックも重要です。足の裏で水を感じながら、太ももの裏側(ハムストリングス)を使って足を引き下げます。この「下げて、蹴り上げる」というリズムを一定に保つことで、体が上下に揺れすぎず、スムーズに加速できるようになります。
足首の柔軟性が生み出す最後のひと押し
どれだけ脚力が強くても、足首が硬いと水流をうまく後ろに流せません。足首はリラックスさせ、足の甲が水面と平行になるくらい伸ばす意識を持ちましょう。フィンのような役割を果たす足先が、しなやかに動くことで最後のひと押しが生まれます。
練習前には足首をよく回したり、ストレッチを行ったりして柔軟性を高めておくのがおすすめです。足首が柔らかくなると、余計な力を使わずに大きな推進力を得られるようになり、疲れにくい泳ぎにつながります。
腹筋と背筋のどちらを意識すべきか
バサロキックは全身運動ですが、特に重要なのが「腹筋」と「背筋」のバランスです。仰向けの状態で足を強く蹴り上げようとすると、腰が反りすぎてしまうことがあります。腰が反ると腰痛の原因になるだけでなく、お腹が水面に突き出て抵抗になってしまいます。
キックを打つ瞬間は、お腹を薄くするようなイメージで腹筋に力を入れ、腰が反りすぎないようにコントロールしましょう。背筋で身体を引き伸ばしつつ、腹筋で動きを支える。この「体幹のサンドイッチ」を意識することで、ブレない軸が出来上がります。
初心者が陥りやすい失敗と「鼻に水が入る」問題の解決策

バサロに挑戦した多くの人が挫折する原因、それが「鼻に水が入って痛い!」という問題です。ここでは、その解決策とよくある失敗について詳しく解説します。
なぜ鼻に水が入ってしまうのか
仰向けの状態で水中に潜ると、鼻の穴が上を向く形になります。そこに水圧がかかるため、何もしなければ当然、水は鼻の奥へと侵入してきます。これがツーンとする痛みの原因です。
特に、キックに夢中になって呼吸を止めていたり、息を吸おうとしたりすると一気に水が入ってきます。人間の身体の構造上、仰向けでの潜水は鼻に水が入りやすい姿勢であることをまずは理解し、適切な対策をとる必要があります。
「んー」とハミングする呼吸テクニック
鼻に水を入れないための基本テクニックは、常に鼻から息を出し続けることです。口を閉じて、鼻から「んーーー」とハミングをするように、細く長く息を吐き続けましょう。
水中で泡が鼻からポコポコと出続けていれば、水が逆流してくることはありません。最初は水面に近い浅い場所で、仰向けになって鼻から息を吐く練習だけを重点的に行うと、恐怖心が薄れます。
鼻栓(ノーズクリップ)を使うメリット
「どうしても鼻に水が入るのが怖い」「息を吐くことに集中しすぎてキックがおろそかになる」という方には、迷わず「鼻栓(ノーズクリップ)」の使用をおすすめします。
トップアスリートの中にも、背泳ぎのレースや練習で鼻栓を愛用している選手はたくさんいます。道具に頼ることは恥ずかしいことではありません。鼻への浸水を物理的にシャットアウトすることで、キックのフォームや姿勢づくりに100%集中できるようになります。慣れてきたら外して練習してみる、というステップでも十分です。
膝が水面から出てしまう原因と対策
鼻の問題以外で多い失敗が、キックを打つたびに膝が水面から飛び出してしまう現象です。これは「太もも」ではなく「膝」を曲げてキックを打っている証拠です。膝が水面から出ると、そこで大きな抵抗が生まれ、ブレーキがかかってしまいます。
対策としては、膝の位置をなるべく深く保つ意識を持つことです。太ももを引き下げてから蹴り上げるイメージを持つか、少し深めの位置(水面下30cm〜50cmくらい)でキックを打つようにすると、膝が飛び出しにくくなります。
陸上でもプールでもできる!バサロ上達のための練習ドリル

いきなり完璧なバサロを目指すのは難しいものです。ここでは、段階を追って習得できる練習メニューを紹介します。自宅でできる陸上トレーニングも取り入れてみましょう。
プールサイドを使った腰の動き確認
まずは水中で、プールサイドの壁を持って行う練習です。壁を背にして立ち、両手でプールサイドの縁(ふち)を掴みます。そのまま身体を浮かせて仰向けになり、バサロキックを打ってみましょう。
この練習の利点は、壁を持つことで上半身が固定されるため、腰から下の動きに集中できることです。お腹に力を入れ、腰を反らせすぎないように注意しながら、足の甲で水を押し上げる感覚を掴んでください。鼻から息を吐く練習も同時に行えます。
ビート板を抱えて行う仰向けキック
次に、ビート板を使った練習です。ビート板を胸の上で抱くように持ち、仰向けになってキックだけで進みます。ビート板が浮力を助けてくれるので、沈む心配をせずに練習できます。
この時、膝が水面から飛び出してビート板に当たらないように注意しましょう。ビート板を抱えることで上半身が安定し、きれいなストリームライン(一直線の姿勢)を保つ感覚が養われます。慣れてきたら、ビート板なしで、手を体側に添えた「気をつけ」の姿勢で練習します。
垂直姿勢でのボビング練習
意外に効果的なのが、足のつかない深い場所で「垂直」になって行うバサロです。直立した状態で、両手を胸の前で組み、バサロキックだけで顔を水面に出し続けます。
これを「巻き足」ではなく、両足を揃えたバサロキックで行うのがポイントです。身体を真っ直ぐに保つための体幹コントロールと、水を下へ蹴り続ける持久力が身につきます。30秒間、顔を沈めずにキープできれば、かなり上達している証拠です。
ストリームラインを維持する陸上トレーニング
自宅でできるトレーニングもあります。仰向けに寝転がり、両手を頭の上で組んでストリームラインを作ります。この時、腰と床の間に隙間ができないように、腹筋に力を入れて腰を床に押し付けます。
その状態をキープしたまま、両足を揃えて床から数センチ持ち上げ、小さくバタバタと動かします(かかとを床につけない)。これは「ホロウボディ」と呼ばれる体操に近い動きで、バサロに必要な腹筋下部と腸腰筋を強烈に鍛えることができます。1セット10秒から始めてみましょう。
バサロキックを習得することで得られるメリットと泳ぎの変化

苦労してバサロをマスターすると、実際の泳ぎにはどのような変化が訪れるのでしょうか。単に「速くなる」だけでない、嬉しい効果について解説します。
背泳ぎのスタート直後が楽になる
背泳ぎにおいて、スタート直後の「浮き上がり」は最もスピードが出る瞬間であると同時に、最も抵抗を受けやすい瞬間でもあります。バサロを習得していれば、スタートの勢いをそのまま維持して、水中の抵抗が少ない層を進むことができます。
水面に出るまでの距離を稼げるため、最初の数ストロークを省略でき、体力を温存したままレース後半に挑めるようになります。これは長距離を泳ぐ際にも大きなアドバンテージとなります。
体幹が鍛えられて姿勢が安定する
バサロキックは、手足だけでなく、お腹と背中を中心とした体幹全体を使う運動です。練習を続けるうちに、自然と水の中での姿勢保持能力が高まります。
体幹が安定すると、背泳ぎだけでなく、クロールや平泳ぎでも「腰が沈まない」フラットな姿勢をキープしやすくなります。結果として、水からの抵抗が減り、楽に長く泳げるようになるのです。
リズム感が養われて他の泳法にも好影響
バサロキック特有の「いち、に、いち、に」という一定のリズムは、泳ぎ全体のテンポを作る良い練習になります。特にバタフライのうねる動き(アンジュレーション)とは共通点が多く、バサロが上手くなるとバタフライも上達するという相乗効果が期待できます。
全身を連動させて動かす感覚は、すべての泳法に通じる基礎スキルです。バサロを通じて身体のコントロール能力を高めることは、水泳レベル全体の底上げにつながります。
まとめ:水泳のバサロは焦らず基礎から!美しい水中動作を目指そう
今回は、水泳のテクニックの中でも特に美しく、かつ難易度が高いとされる「バサロ」について、基本的な知識から練習方法までをご紹介しました。要点を振り返ってみましょう。
【バサロ攻略のポイント】
● バサロとは:仰向けで行うドルフィンキック。15mまで潜水可能。
● 動きのコツ:膝だけで蹴らず、みぞおちから太ももを使ってムチのようにしならせる。
● 鼻の痛み対策:常に鼻から「んー」と息を吐き続けるか、鼻栓を活用する。
● 練習手順:プールサイドやビート板を使って、まずは姿勢と呼吸に慣れる。
バサロキックは一朝一夕で身につくものではありません。「鼻に水が入る」「すぐ浮いてしまう」といった失敗は、誰もが通る道です。まずは鼻栓を使ったり、短い距離から始めたりして、水中の心地よさを感じることからスタートしてみてください。
焦らずコツコツと練習を重ねれば、いつか必ず、イルカのように自由自在に水中を進む感覚を味わえる日が来ます。その時、あなたの水泳の世界はもっと広く、楽しくなるはずです。

