私たちが普段、ジムや学校で見かけるプールの多くは「25メートル」です。50メートルでもなく、ましてや30メートルや20メートルといったキリの良い数字でもなく、なぜ「25メートル」という中途半端にも思える長さが標準になっているのでしょうか。
実はこの長さには、水泳の歴史的な変遷や、日本の土地事情、そして競技ルール上の明確な理由が隠されています。「なんとなく」で決まったわけではない、25メートルプールの奥深い世界。この記事では、なぜ水泳は25メートルが一般的なのか、その背景にある歴史や理由、そして実際に泳ぐ私たちにとってのメリット・デメリットまでをわかりやすく解説します。
なぜ水泳は25メートルが基準なのか?歴史的背景を探る

水泳のプールが25メートルという長さになった背景には、単なる偶然ではなく、長い時間をかけて形成された歴史的な経緯があります。ここでは、競技としての水泳がどのように発展し、現在の距離設定に至ったのか、そのルーツを紐解いていきます。
イギリス発祥の「ヤード・ポンド法」の影響
近代水泳のルーツはイギリスにあると言われています。19世紀、イギリスで水泳が競技として整備され始めた頃、距離の単位には「メートル」ではなく「ヤード」が使われていました。当時のプールは「ヤード・ポンド法」に基づいて設計されており、例えば110ヤード(約100.58メートル)といった距離で競われていた記録も残っています。
その後、世界的に「メートル法」が普及するにつれて、競技の距離もメートル換算へと移行していきました。しかし、既存のプールや競技規則との整合性を取る過程で、1ヤード(約0.9144メートル)を基準とした古い規格と、新しいメートル法の規格を調整する必要が生まれました。この歴史的な単位の移行期に、扱いやすい距離として定着していったのが現在の長さの基礎となっています。
100メートルという競技距離との関係
競泳の種目で最も花形とされるのが「100メートル自由形」です。この100メートルという距離を競技として成立させるためには、プールはキリよく分割できる長さである必要があります。もしプールが30メートルだと、3往復で90メートル、あと10メートル足りないという中途半端なことになってしまいます。
そこで、100メートルを偶数回で泳ぎ切ることができる「50メートル」や「25メートル」が合理的であると判断されました。50メートルプールなら1往復、25メートルプールなら2往復(4ラップ)でゴールできます。スタートとゴールが同じサイドになる(あるいは明確なターン回数で終わる)ことは、競技運営上も観客にとっても非常に重要な要素でした。
「短水路」という公式規格の確立
現在、国際水泳連盟(World Aquatics)のルールでは、プールには主に2つの規格があります。一つはオリンピックなどで使われる50メートルの「長水路(ロングコース)」、もう一つが25メートルの「短水路(ショートコース)」です。
25メートルプールは、単なる練習用や簡易版ではなく、世界記録も認定される立派な「公式規格」です。世界短水路選手権という大きな国際大会も開催されており、25メートルという長さは世界的に認められた基準なのです。このように、歴史的な変遷を経て、25メートルは「短水路」としての確固たる地位を築きました。
日本の学校に25メートルプールが多い理由とは

日本に住んでいると「学校にはプールがあるのが当たり前」と感じますが、実はこれは世界的に見ると珍しいことです。そして、そのほとんどが25メートルプールです。なぜ日本の学校では50メートルではなく25メートルが採用されたのでしょうか。そこには日本特有の事情が大きく関係しています。
文部科学省の学習指導要領と基準
日本の学校にプールが普及したきっかけの一つに、過去の水難事故を教訓とした「水泳教育」の強化があります。文部科学省(当時は文部省)は、子どもたちが泳力を身につけるための施設としてプールの設置を推進しました。
この際、学校施設としての基準が設けられましたが、小学校や中学校の体育の授業として行う水泳であれば、必ずしもオリンピックサイズの50メートルである必要はありませんでした。学習指導要領にある「泳ぐことの楽しさや心得を学ぶ」という目的を達成するためには、25メートルあれば十分な距離であると判断されたのです。
都市部における敷地面積の限界
物理的な問題として最も大きかったのが「土地の広さ」です。特に都市部の学校では、校庭の広さが限られています。50メートルプールを作るには、プール本体の長さに加えて、プールサイドのスペースや更衣室、機械室などの付帯設備を含めると、広大な土地が必要になります。
25メートルプールであれば、50メートルプールの半分以下のスペースで設置が可能です。限られた校地を有効活用し、グラウンドでの他の活動スペースを確保しつつ水泳の授業を行うための「現実的な解」として、25メートルというサイズが全国の学校に広まっていきました。
建設費と維持管理コストの抑制
プールは作って終わりではありません。水を満たすための水道代、水をきれいに保つためのろ過循環装置の電気代、消毒用の薬品代など、維持管理には莫大なコストがかかります。50メートルプールの水量は、単純計算で25メートルプールの約2倍ですが、深さも深く設定されることが多いため、実際にはそれ以上の水が必要になります。
公立学校の予算内で建設し、かつ毎年の維持費を賄っていくためには、コストパフォーマンスに優れた25メートルプールが最適でした。高度経済成長期に一気に学校プールが建設された際、このコスト面でのメリットは採用の決め手となる大きな要因でした。
授業時の安全性と監視のしやすさ
体育の授業を想像してみてください。先生一人で30人〜40人の生徒を監視しなければなりません。50メートルプールは非常に広大で、端から端まで目を配るのは困難です。万が一、反対側の端で生徒が溺れそうになっていても、すぐに駆けつけることが難しい場合があります。
一方、25メートルプールであれば、先生がプールサイドの中央に立つことで全体を見渡すことができます。何かあった際の声かけも届きやすく、緊急時の救助も迅速に行えます。教育現場における「安全管理」という観点からも、25メートルというサイズは非常に理にかなっていたのです。
短水路(25m)と長水路(50m)の決定的な違い

同じ100メートルを泳ぐとしても、25メートルプール(短水路)で泳ぐのと、50メートルプール(長水路)で泳ぐのでは、その感覚やタイムに大きな違いが生まれます。ここでは、スイマーなら知っておきたい両者の決定的な違いについて解説します。
ターン回数が生むスピードの差
短水路と長水路の最大の違いは「ターンの回数」です。例えば100メートル自由形を泳ぐ場合、50メートルプールではターンは1回だけですが、25メートルプールでは3回のターンを行います。
水泳において、壁を蹴る(ターン後のプッシュオフ)動作は、泳いでいる最中よりも速いスピードを生み出します。壁を蹴って流線型(ストリームライン)を作って進む時間は、水の抵抗が最も少なく、最も加速できる瞬間です。そのため、ターンの回数が多い短水路の方が、長水路よりもタイムが速くなる傾向にあります。一般的に、トップ選手でも短水路の方が100メートルで1秒〜2秒ほど速い記録が出ると言われています。
スタミナ配分と筋肉への負荷
泳ぎ続ける「持続力」という点でも違いがあります。長水路は50メートルもの長い距離を、壁を蹴ることなく泳ぎ続けなければなりません。途中で壁を蹴って休む(または勢いをつける)ことができないため、純粋な泳力と持久力が試されます。
一方、短水路は25メートルごとに壁に到達します。ターン動作中は一瞬だけ腕や脚の筋肉を休めることができ、呼吸のリズムも整えやすくなります。そのため、初心者や体力に自信がない人にとっては、短水路の方が心理的にも肉体的にも楽に泳げると感じることが多いでしょう。長水路は「ごまかしが効かない」と言われるのはこのためです。
視覚的な「距離感」のマジック
実際に泳いでみるとわかりますが、50メートルプールは果てしなく遠く感じます。泳いでも泳いでも壁が近づいてこないという感覚に襲われることがあり、これが精神的な疲労につながります。「まだ半分も来ていないのか」というメンタルへのプレッシャーは相当なものです。
対して25メートルプールは、スタートした直後に向こう側の壁がはっきりと見えます。「あそこまで頑張ればいい」という明確なゴールが近くにあるため、集中力を維持しやすく、心理的な負担が軽くなります。この視覚的な距離感の違いは、特に疲れてきた後半の粘りに大きく影響します。
25メートルプールで泳ぐことのメリットとデメリット

市民プールやジムの多くが25メートルプールであることは、私たち一般スイマーにとってどのような意味を持つのでしょうか。日々の練習におけるメリットと、知っておくべきデメリットを整理してみましょう。
初心者でも達成感を得やすい
これから水泳を始める人にとって、いきなり50メートルを泳ぎ切るのは高いハードルです。途中で足をついてしまうこともあるでしょう。しかし、25メートルであれば「頑張ればなんとかたどり着ける」絶妙な距離です。
この「泳ぎ切れた」という小さな成功体験の積み重ねが、水泳を続けるモチベーションになります。25メートル泳げるようになったら、次は50メートル(1往復)、その次は100メートルと、目標を細かく設定しやすいのも25メートルプールの大きな魅力です。
ターン技術を磨くチャンスが増える
水泳の上達において、ターンは避けて通れない技術です。クイックターンやタッチターンなど、スムーズな方向転換はタイム短縮だけでなく、長く楽に泳ぐためにも重要です。
25メートルプールで泳いでいると、必然的にターンの回数が多くなります。1000メートル泳ぐ場合、50メートルプールなら19回のターンですが、25メートルプールなら39回もターンをする機会があります。この反復練習の多さが、ターン技術の習得を早めてくれます。上手なターンができるようになると、水泳の楽しさが一段と増します。
「壁アシスト」による実力の誤認に注意
これはデメリットと言えるかもしれませんが、25メートルプールに慣れすぎると、自分の泳力を過信してしまうことがあります。前述の通り、壁を蹴ることでスピードが得られ、一瞬の休憩もできます。
「25メートルプールなら1キロ泳げるのに、海や50メートルプールに行ったらすぐにバテてしまった」という現象はよく起こります。これは、壁があることによる「アシスト」がなくなるからです。もしトライアスロンやオープンウォータースイミング(海での遠泳)を目指すのであれば、壁を蹴らずに泳ぎ続ける練習や、あえてターンで休まない工夫が必要になります。
練習メニューの組み立てやすさ
多くの水泳練習メニュー(ドリル)は、25メートル単位で構成されています。「25メートル・バタ足、25メートル・クロール」といったように、区切りが良いのでメニューが組みやすいのが特徴です。
また、インターバルトレーニング(例:1分サークルで泳ぐなど)をする際も、25メートルプールであれば時計(ペースクロック)を確認しやすく、計算も簡単です。緻密な練習計画を立ててトレーニングするには、25メートルという単位は非常に扱いやすい規格なのです。
世界と日本のプール事情比較

ここまで日本の事情を中心に見てきましたが、海外に目を向けるとまた違ったプール事情が見えてきます。25メートルや50メートル以外のプールも世界には存在します。
アメリカに残る「ヤード」プール
水泳強豪国であるアメリカでは、現在でも「ヤード(Yards)」単位のプールが多く存在します。特に大学の競泳リーグ(NCAA)や高校の大会などでは、25ヤード(約22.86メートル)のプールで行われる「ショートコース・ヤード(SCY)」が主流です。
日本の25メートルプールよりもさらに2メートルほど短いため、アメリカの短水路の記録は驚くほど速いタイムが出ます。しかし、これは距離が短いからであり、国際基準のメートル記録とは単純比較できません。アメリカの選手は、国内ではヤードで戦い、オリンピックなどの国際大会に向けてメートル法のプールで調整するという、器用な適応能力を持っています。
近年の施設建設のトレンド
最近の国際大会用の新しい水泳場は、多目的に使えるように設計されることが増えています。メインプールは50メートルですが、底が可動床になっていて深さを変えられたり、巨大な仕切り(バルクヘッド)を動かすことで、50メートルプールを2つに区切って25メートルプールとして使用したりすることができます。
これにより、大きな大会がない時は一般開放用に25メートルプールとして運用し、大会時は50メートルプールとして使うという、効率的な運用が可能になっています。日本でも新しい県立プールや市民プールでは、このような可変式の設備が増えてきています。
ホテルやレジャー施設の変則サイズ
競技用ではなく、ホテルやリゾート地にあるプールは、デザイン性を重視するため長さが不規則なことがよくあります。20メートルだったり、15メートルだったり、あるいはひょうたん型で距離が測れなかったりと様々です。
海外のリゾートホテルなどでは「メートル」ではなく「フィート」で深さや長さが表示されていることもあり、25メートルだと思って泳ぎ出したら妙に短かった、という経験をする旅行者も少なくありません。こうした場所では距離にとらわれず、水と戯れることを楽しむのが正解と言えるでしょう。
なぜ水泳は25メートルなのか?まとめと楽しみ方
「なぜ水泳は25メートル?」という疑問からスタートし、歴史、学校事情、競技特性など様々な角度から解説してきました。25メートルという長さは、100メートル競技との整合性という歴史的なルーツを持ちながら、日本の狭い国土や教育事情に完璧にフィットした結果、これほどまでに普及しました。
25メートルプール(短水路)は、初心者にとっては挑戦しやすく、上級者にとってはターン技術やスピードを磨くのに最適な環境です。一方で、50メートルプール(長水路)のようなタフさも求められる場面もあります。私たちが普段何気なく泳いでいるその25メートルには、多くの先人たちの知恵と工夫が詰まっているのです。
次にプールに入るときは、この「25メートル」の意味を少しだけ思い出してみてください。壁を蹴るその一瞬、ターンをするその瞬間に、水泳の奥深さを感じながら泳ぐことで、いつもの練習がもっと楽しく、充実したものになるはずです。



