背泳ぎは、顔が水面に出ているため呼吸がしやすい反面、進行方向が見えないことや、鼻に水が入りやすいといった独特の難しさがある泳ぎ方です。特に「背泳ぎのストローク」は、推進力を生み出すエンジンの役割を果たしており、ここがスムーズにいかないと体が沈んでしまったり、すぐに疲れてしまったりする原因になります。腕をどのように回せば効率よく水を押せるのか、悩んでいる方も多いのではないでしょうか。
この記事では、背泳ぎのストロークについて、基本のフォームから上級者が意識している細かなテクニック、そしてよくある間違いの修正方法までを網羅して解説します。初心者の方にも分かりやすいように、専門用語には補足を交えながら丁寧にお伝えします。正しいストロークを身につけて、楽に長く、そして速く泳げるようになりましょう。
背泳ぎのストロークとは?基本の4局面を理解しよう

背泳ぎのストロークを上達させるためには、まず腕の動きを分解して理解することが大切です。ただ腕をぐるぐると回しているように見えますが、水中では非常に繊細な動きが行われています。
一般的に、ストロークは「エントリー(入水)」「キャッチ」「プル・プッシュ」「リカバリー」という4つの局面に分けられます。それぞれの段階で何を意識すべきか、具体的なポイントを見ていきましょう。
入水(エントリー):小指から静かに入れる
ストロークの始まりであるエントリーは、次の動作への準備となる非常に重要な瞬間です。背泳ぎでは、腕を真っ直ぐ伸ばした状態で、小指から水面に入水するのが基本です。小指から入ることで、肩が自然に回転しやすくなり、その後の水を捉える動作へスムーズに移行できます。
このとき、手のひらは外側を向いている状態になります。もし親指から入水してしまうと、手のひらが内側を向き、肩の関節に無理な力がかかってしまいます。これは怪我の原因になるだけでなく、水の抵抗を大きく受けてしまうため注意が必要です。
また、入水する位置も重要です。頭の真上ではなく、肩幅の延長線上、時計の針で言うと「11時」と「1時」のあたりを目指してください。遠くへ入水しようとしすぎて、頭の後ろで腕が交差する「クロスオーバー」にならないよう気をつけましょう。
エントリーのポイント
・必ず小指から水に入れる
・入水位置は肩幅の延長線上(11時と1時の方向)
・水しぶきを上げないように静かに入れる
キャッチ:水をしっかり捉える準備
入水した後、すぐに腕をかき始めるわけではありません。まずは、水を手のひらと前腕(肘から先)で捉える「キャッチ」という動作を行います。入水した腕を少し深く沈め、手のひらを足の方向へ向けながら、水圧を感じる場所を探します。
このとき、肘を少し曲げ始めるのがコツです。腕を棒のように真っ直ぐ伸ばしたままでは、水を撫でるだけで力が伝わりません。肘を緩めて、手のひらが一番重く感じるポイント(水が引っかかる感覚がある場所)を見つけましょう。
感覚としては、水の中に杭があり、それをガシッと掴むようなイメージです。このキャッチがしっかりできていないと、その後の動作でいくら力を入れても、水が抜けてしまい推進力につながりません。焦らず丁寧に水を探すことが大切です。
プルとプッシュ:水を運んで推進力を生む
水を捉えたら、いよいよ体を前へ進めるための「プル」と「プッシュ」の動作に入ります。プルは水を体の横まで運ぶ動作、プッシュは水を後方へ押し出す動作を指します。
キャッチで捉えた水を、肘を90度くらいまで曲げながら体の近くへ引き寄せます。このとき、指先が水面に出ない程度の深さを保ちながら、太ももの横に向かって一直線に水を押し出します。ここが背泳ぎで最もスピードが出る瞬間です。
最後まで押し切る際には、手首のスナップを利かせて、水を足元へ「投げ捨てる」ような感覚を持つと良いでしょう。プッシュの最後は、手のひらが下(プールの底)を向くようにして終わります。これにより、次のリカバリー動作へスムーズにつなげることができます。
リカバリー:リラックスして腕を戻す
プッシュで水を押し切ったら、腕を空中を通して元の位置に戻す「リカバリー」を行います。ここでは推進力を生まないので、徹底してリラックスすることが最大の目的です。
プッシュの勢いを利用して、親指から先行して腕を水面から引き上げます。腕は真っ直ぐ伸ばし、天井に向かって高く上げるイメージを持ちましょう。肘が曲がっていると見た目が悪いだけでなく、遠心力が使えず肩への負担が増えてしまいます。
空中で手のひらを返し、再び小指から入水できるように準備を整えます。リカバリー中に腕に力が入りすぎていると、体が沈む原因になります。指先の力を抜き、肩の回転に合わせて自然に腕が運ばれるように意識してください。
ストロークの軌道はI字かS字か?効率的な手の動かし方

水泳の指導書やコーチのアドバイスで、「S字ストローク」や「I字ストローク」という言葉を耳にしたことがあるかもしれません。これは水中での手の動く軌道のことを指しています。
背泳ぎにおいて、手はどのように動かすのが正解なのでしょうか。時代とともに変化してきた泳ぎの理論と、現在の主流となっている考え方について解説します。
以前主流だったS字ストロークの特徴
かつては、手のひらでS字を描くように水をかく「S字ストローク」が理想的だと教えられていました。これは、飛行機の翼のような揚力を利用して推進力を得るという理論に基づいています。
具体的には、入水後に一度外側へ水を押し、そのあと内側へ引き寄せ、最後にまた外側へ押し出すという複雑な軌道を描きます。静水圧の高い部分を探して水をかくことができるため、以前はこれが最も効率的だと考えられていました。
しかし、この泳ぎ方は高度な技術が必要であり、左右に手が動くことで体の軸がブレやすくなるというデメリットもあります。また、動作が大きくなるため、ピッチ(腕の回転数)を上げにくいという側面もありました。
現在推奨されるI字ストロークのメリット
近年、多くのトップスイマーや指導現場で推奨されているのが「I字ストローク(ストレートプル)」に近い動きです。これは、入水した手で水を捉えたら、そのまま真っ直ぐ後方(足の方向)へ水を押し出すというシンプルな軌道です。
完全に定規で引いたような一直線ではありませんが、過度に横方向へ動かさず、最短距離で水を運ぶことを意識します。この方法の最大のメリットは、力が進行方向にダイレクトに伝わることです。
横方向への無駄な動きが減るため、水の抵抗が少なくなり、より速いテンポで腕を回すことが可能になります。また、体の軸が左右に振られにくくなるため、直進性が高まり、結果として楽に速く泳げるようになります。
自分に合った軌道を見つけるポイント
「では、必ずI字で泳がなければならないのか」というと、そうとも限りません。骨格や筋力、泳ぐ距離によって最適なフォームは人それぞれ異なります。
例えば、筋力がそれほど強くない方や、長い距離をゆっくり泳ぎたい方の場合は、多少S字の要素を取り入れた方が、水を重く捉えすぎずにリズムよく泳げることもあります。逆に、短距離でスピードを出したい場合は、直線的なストロークの方が適しています。
大切なのは、自分の感覚を確認することです。「水を押せている手応えがあるか」「体が左右に振られていないか」を基準にしてみてください。動画を撮って自分の泳ぎを確認し、極端に手が外側や内側にズレていないかチェックすることをお勧めします。
メモ:
最近のトレンドは「シンプル・イズ・ベスト」。まずは素直に後ろへ押すI字ストロークを練習し、違和感があれば少し軌道を調整するのが近道です。
ローリングの重要性とストロークとの連動

背泳ぎのストロークを語る上で欠かせないのが「ローリング」です。ローリングとは、体の中心軸をブラさずに、肩や腰を左右に回転させる動作のことです。背泳ぎは仰向けで平らに浮いているイメージがあるかもしれませんが、実際には体は常に左右に傾きながら進んでいます。
なぜローリングが必要なのか、そしてストロークとどう組み合わせれば良いのか、詳しく掘り下げていきましょう。
ローリングがストロークを助ける理由
ローリングを行う最大の理由は、より遠くの水をつかみ、より強い力で押すためです。肩を回して入水する側の肩を沈めることで、腕をより深い位置まで伸ばすことができます。
もしローリングをせずに、体が平らなままで手を回そうとすると、肩関節の可動域に制限がかかります。これでは浅い場所の水しかかけず、十分な推進力が得られません。また、肩への負担も大きくなり、故障の原因になります。
体を傾けることで背中の大きな筋肉(広背筋)を使って水を引くことができるようになります。腕だけの力ではなく、体幹の力を使ってパワフルに泳ぐためには、ローリングが不可欠なのです。
肩を水面から出すタイミング
ローリングで重要なのは、左右の肩の入れ替えです。片方の手が入水して水を捉えに行くとき、反対側の肩は水面からしっかりと出ている必要があります。
リカバリー動作に入る腕の肩を、天井に向かって持ち上げるように意識しましょう。これにより、反対側の入水した腕の肩が自然と深く沈みます。まるでシーソーのように、左右の肩が交互に水面から顔を出すイメージです。
この肩の動きがストロークのリズムを作ります。肩が水に浸かったままだと、水の抵抗をまともに受けてしまいます。「肩で風を切る」ような感覚で、スムーズにローリングを行うことが、抵抗の少ないきれいなストロークにつながります。
ローリングをしすぎないための注意点
ローリングは重要ですが、「しすぎ」には注意が必要です。体を回転させようとするあまり、横を向きすぎてしまう人がいます。体が90度近くまで横を向いてしまうと、バランスを崩して沈んでしまいます。
適切なローリングの角度は、水平から45度程度と言われています。おへそは常に斜め上を向いている状態を保ちましょう。おへそまで横を向いてしまうのは回しすぎです。
また、頭まで一緒に回ってしまうのもよくある間違いです。体は回転しても、顔は常に天井を向き、水面に対して固定しておく必要があります。視線がキョロキョロ動いてしまう場合は、ローリングと一緒に首が回っている証拠ですので修正しましょう。
体幹を使ってブレない軸を作る
スムーズなローリングと強力なストロークを支えるのは、しっかりとした「体幹」です。背泳ぎは水の上で不安定な姿勢をとるため、体の中心に一本の軸が通っているイメージを持つことが大切です。
お腹に少し力を入れて、腰が反りすぎたり落ちたりしないようにフラットな姿勢をキープします。この軸がしっかりしていないと、ローリングをしたときに体がくねくねと蛇行してしまい、せっかくの推進力が逃げてしまいます。
ストロークに合わせて左右に体を傾けても、中心軸だけは微動だにしない。竹串に刺さった焼き鳥のように、軸を中心に回転する感覚を養ってください。陸上で鏡を見ながら、頭と腰の位置を変えずに肩だけを回す練習をすると、感覚がつかみやすくなります。
よくあるストロークの失敗例と修正ポイント

一生懸命練習しているのに、なかなか進まない、すぐに疲れてしまう。そんな時は、知らず知らずのうちにストロークに悪い癖がついている可能性があります。ここでは、背泳ぎで特によく見られる失敗例と、それを修正するためのポイントを解説します。
自分の泳ぎに当てはまるものがないか、チェックしながら読み進めてみてください。
手が内側に入りすぎる(クロスオーバー)
背泳ぎで最も多い失敗の一つが「クロスオーバー」です。これは、入水した手が頭の中心線を超えて、反対側まで入り込んでしまう現象です。
クロスオーバーをすると、体がくねくねと蛇行してしまい、水の抵抗が激増します。また、水を外側に向かってかくことになり、推進力が生まれません。原因の多くは、入水位置が見えていないことや、ローリングのしすぎです。
【修正ポイント】
自分が思っているよりも「外側」に入水する意識を持ちましょう。時計の「11時」と「1時」よりもさらに広く、「10時」と「2時」くらいを狙うつもりでちょうど良い場合が多いです。「万歳(バンザイ)」をする幅で泳ぐイメージを持つと、クロスオーバーが改善されやすくなります。
肘が落ちて水を押せていない
水をかくときに肘が手よりも先に引かれてしまう状態を「肘が落ちる」と表現します。これでは手のひらで水を捉えることができず、水がするりと逃げてしまいます(スリップ)。
肘が落ちると、腕の裏側で水を撫でているだけになり、前に進む力が生まれません。初心者の方や、疲れてきたときによく起こる現象です。
【修正ポイント】
「ハイエルボー(肘を立てる)」という意識は背泳ぎでも有効ですが、クロールほど極端ではありません。まずは、肘を曲げて「手のひらが常に肘より後ろにある状態」を保つことを意識してください。水中に壁があると思い、そこに手をついて体の方を前に送り出すような感覚でストロークしてみましょう。
入水時に水しぶきが立ちすぎる
バシャン!と大きな音と水しぶきを上げて入水している場合、それはブレーキをかけているのと同じです。手のひらや腕全体で水面を叩いてしまうと、余計な気泡が生まれ、その後のキャッチでスカスカの水をかくことになってしまいます。
また、水しぶきが顔にかかると、呼吸の妨げになり、不快感からフォームが崩れる原因にもなります。
【修正ポイント】
小指から「切り込む」ように入水することを再確認しましょう。丁寧に、そっと水に指先を差し込むイメージです。リカバリーの後半で少し動きをコントロールし、勢い任せに腕を振り下ろさないように注意してください。
リカバリーで腕が曲がってしまう
空中でのリカバリー動作中に肘が曲がっていると、見た目が美しくないだけでなく、様々なデメリットがあります。腕が低い位置を通るため水面に接触しやすくなったり、遠心力が使えずに肩の筋肉に余計な力が必要になったりします。
また、リカバリーで腕が縮こまると、次の入水位置が手前になり、ストローク長(ひとかきで進む距離)が短くなってしまいます。
【修正ポイント】
天井に向かって指先を高く突き上げる意識を持ちましょう。肩甲骨から腕が生えているつもりで、大きく円を描きます。ただし、力む必要はありません。「腕の重み」を利用して、振り子のように自然に回すのがコツです。鏡の前で腕を回し、肘が伸びているか確認する陸上トレーニングも効果的です。
背泳ぎのストロークを磨くおすすめドリル練習

理論が分かっても、実際の泳ぎの中で全てを意識するのは難しいものです。そこでおすすめなのが「ドリル練習」です。泳ぎの一部を切り出して集中的に練習することで、正しい動きを体に覚え込ませることができます。
ここでは、背泳ぎのストローク改善に効果的な3つのドリルを紹介します。ウォーミングアップや練習の合間に取り入れてみてください。
片手スイムで左右の動きを確認
片方の腕は体側に沿って下ろしたまま(または頭の上に伸ばしたまま)、もう片方の腕だけでストロークを行う練習です。背泳ぎのドリルとしては最もポピュラーで効果的なものです。
片手だけに集中できるため、「入水の位置」「水の中での軌道」「フィニッシュの押し切り」を細かく確認できます。特に、ローリングのタイミングをつかむのに最適です。
【やり方】
1. 右手だけで25メートル泳ぎます。左手は体側に付け、動かしません。
2. 体の軸がブレないように注意しながら、右側のローリングを意識します。
3. 25メートル泳いだら、次は左手だけで同様に行います。
4. 慣れてきたら、3回右手、3回左手、というように交互に行うのも良いでしょう。
ダブルアームで左右対称の動きをチェック
両手を同時に動かして背泳ぎをします。通常は交互に動かす腕を、バタフライのように同時に回します(足はバタ足かドルフィンキック)。
このドリルの目的は、左右のバランスを整えることと、しっかりとしたキャッチの感覚を養うことです。両手で同時に水をかくため、もし左右で力の入れ方や軌道が違っていると、体が曲がって進んでしまいます。
【やり方】
1. 両手を同時にリカバリーし、同時に入水します。
2. 両手で同時に水をキャッチし、太ももまでしっかりプッシュします。
3. リカバリーの際は、反動を使ってスムーズに上げます。
4. 入水時に両手がクロスオーバーしていないか、目視で確認しやすいのもメリットです。
ダブルアームの注意点
両手を同時に動かすと体が沈みやすくなるため、キックを強めに打つか、プルブイ(足に挟む浮き具)を使用することをおすすめします。
気を付けキックからのローリング練習
これはストロークを行わず、腕を体側につけて「気を付け」の姿勢でキックだけで進む練習です。ただし、ただ仰向けで進むのではなく、肩と腰を使ってローリングだけを行います。
腕を使わずに体を左右に傾けることで、体幹主導のローリング感覚を身につけることができます。ストロークに頼らずに体を傾ける感覚は、実際の泳ぎの中で非常に重要になります。
【やり方】
1. 両手を体に付け、キックだけで進みます。
2. 「右肩を出す(左肩を入れる)」→「左肩を出す(右肩を入れる)」をリズムよく繰り返します。
3. 顔は天井に向けたまま固定し、肩と腰が連動して動くようにします。
4. 1、2、3のリズムで、「パッ、パッ、パッ」と切り替える練習をしましょう。
まとめ:背泳ぎのストロークをマスターして楽に速く泳ごう
背泳ぎのストロークについて、基本の4局面から軌道の考え方、ローリングの重要性、そして具体的な練習方法まで解説してきました。背泳ぎは、自分の泳ぎを目で見て確認しづらい分、感覚を研ぎ澄ますことが上達への近道となります。
最後に、今回の記事のポイントを振り返ってみましょう。
- エントリーは小指から:肩幅の延長線上(11時と1時)に静かに入水し、クロスオーバーを防ぎましょう。
- 水中で肘を曲げる:水を撫でるのではなく、肘を立てて手のひらと前腕でしっかりと水を捉え、後方へ押し出します。
- I字ストロークを基本に:過度なS字を描かず、シンプルに後ろへ水を運ぶ軌道を意識することで、効率よく進みます。
- ローリングは適度に:肩を交互に水面から出しつつ、顔の向きと体幹の軸はブラさないようにキープします。
- リラックスしたリカバリー:空中では力を抜き、指先を高く上げて遠心力を使って腕を運びます。
いきなり全てを完璧にしようとすると混乱してしまいます。まずは「今日は入水の位置だけ気をつける」「次はフィニッシュを意識する」というように、一つずつテーマを決めて練習に取り組んでみてください。
正しいストロークが身につけば、今まで以上に水が軽く感じられ、景色が流れるスピードが変わってくるはずです。ぜひ次回のプールでの練習で実践して、背泳ぎの楽しさを再発見してください。



