「一生懸命腕を回しているのに、なぜか前に進まない」
「水が指の間をすり抜けていくような、軽い感じがする」
もしあなたがプールでこのような感覚を持ったことがあるなら、それは「キャッチ」がうまくいっていないサインかもしれません。
水泳における「キャッチ」とは、文字通り水を「掴む」動作のことです。
しかし、形だけを真似しようとしても、実際に水が重くなる感覚を得るのは簡単ではありません。
多くのスイマーが悩むこのポイントですが、一度コツを掴んでしまえば、まるで梯子(はしご)を登るようにグイグイと身体を前へ運べるようになります。
この記事では、クロールに限らず、平泳ぎ、背泳ぎ、バタフライの4泳法すべてに共通する「キャッチ」の本質について解説します。
単なるフォームの形だけでなく、水中でどのような力を加えるべきか、その感覚の部分まで深掘りしていきましょう。
水を味方につけて、楽に長く、そして速く泳ぐためのヒントをここでお伝えします。
水泳キャッチとは何か?基本のメカニズムを理解しよう

水泳のレッスンを受けていると、必ず「しっかり水をキャッチして」という指導を受けます。
しかし、「水を掴む」とは物理的にどういうことなのでしょうか。
まずは、キャッチという動作が水泳のストローク全体の中でどのような役割を果たしているのか、そのメカニズムを整理します。
ストロークにおける「キャッチ」の位置づけ
水泳の腕の動き(ストローク)は、大きく分けて4つのフェーズに分類されます。
手が入水する「エントリー」、水を捉える「キャッチ」、水を後ろへ運ぶ「プル」、そして最後に押し切る「プッシュ」です。
この中でキャッチは、エントリー直後の「初動」にあたります。
野球のキャッチボールのようにボールを掴むわけではありませんが、水という流動体をあたかも固形物であるかのように一点で捉え、そこを支点にして身体を前へ移動させる準備段階と言えます。
この段階で水を取りこぼしてしまうと、その後のプルやプッシュでどんなに力を入れても、空回りして推進力にはなりません。
つまり、ストロークの効率は、最初のキャッチの質でほぼ決まってしまうのです。
「アンカー効果」で身体を前へ運ぶ
陸上で重い荷物を引くとき、足元が滑りやすい砂利道では力が入りません。
これと同じで、水中でも「滑らない足場」ならぬ「滑らない手掛かり」を作る必要があります。
これを専門用語では「アンカー(碇)効果」と呼ぶことがあります。
水中に手を固定し(アンカーを打ち)、その手が後ろに下がるのではなく、固定した手を支点にして「身体の方を前へ移動させる」という考え方が重要です。
初心者の多くは、手を一生懸命後ろへ動かそうとします。
しかし、上級者は手をその場に留めるようなイメージを持ち、自分の体重を前に乗り込ませていくのです。
この「手が動くか、身体が動くか」の違いを生むのが、正確なキャッチなのです。
揚力と抗力のバランス
少し物理的な話をすると、水泳の推進力には「抗力(水を押す反作用)」と「揚力(飛行機の翼のような力)」の2つが関わっています。
昔の泳法理論ではS字を描いて揚力を重視することもありましたが、現代の競泳では、より直線的に水を捉えて後ろへ運ぶ「抗力」を重視する傾向にあります。
キャッチの瞬間は、手のひらと前腕で水の抵抗を正面から受け止めるため、抗力の要素が強くなります。
しかし、水を捉える瞬間には、手首や肘の微妙な角度調整による揚力(スカーリング動作)も働いています。
この2つの力が複雑に絡み合い、手のひらに「重み」として伝わってくるのです。
「重い」と感じることは、水と喧嘩しているのではなく、うまく噛み合っている証拠だと捉えてください。
指先だけでなく「前腕」まで使う
キャッチを「手のひらだけで行うもの」と勘違いしていると、どうしても力が弱くなります。
面積が小さければ、それだけ水は逃げやすくなるからです。
上手なスイマーは、手のひらだけでなく、手首から肘までの「前腕(ぜんわん)」全体を一つの面として使っています。
手のひらという小さなパドルではなく、肘から先全体を使った大きなパドルで水をブロックするイメージです。
この「面」をいかに早く、垂直に水の壁として立てられるかが、キャッチの成否を分けます。
指先から肘までを一枚の板のように硬くするのではなく、水圧を感じ取りながらしなやかに面を作ることが求められます。
クロールだけじゃない!4泳法それぞれのキャッチの特徴

「キャッチ」というとクロールの話ばかりになりがちですが、実際には4泳法すべてにキャッチ動作が存在します。
基本的な「水を捉えて支点を作る」という目的は同じですが、そのアプローチや手の角度、タイミングにはそれぞれの種目特有の動きがあります。
ここでは、各種目におけるキャッチのポイントを比較しながら解説します。
クロール:肩甲骨からの伸びと遠くでのキャッチ
クロールのキャッチは、入水した手をさらに前へ伸ばす「グライド」動作からシームレスに繋がります。
ポイントは、肩甲骨をしっかりと前に出し、できるだけ遠くの水を掴むことです。
入水直後にすぐかき始めるのではなく、一度体重を前の手に乗せてから、肘を高い位置に保ったまま指先を下へ向けます。
このとき、肘が手首よりも高い位置にある状態(ハイエルボー)を作ることで、広背筋という背中の大きな筋肉を使ったパワフルなプルへと繋げることができます。
片方の手がキャッチをしている間、もう片方の手はリカバリー(空中移動)をしており、左右のタイミングを合わせることも重要です。
平泳ぎ:外へのスカーリング(アウトスイープ)
平泳ぎのキャッチは、他の泳法とは異なり、身体の正面から外側へ向かって手を開く動きから始まります。
これを「アウトスイープ」と呼びます。
両手を前に伸ばしたストリームラインの状態から、手のひらをやや外側に向け、水を外へとかき分けながら捉えていきます。
このとき、単に横に開くのではなく、親指側を下に向けて水を押さえつけるような感覚を持つことが大切です。
ここでしっかりと水圧を感じてから、肘を立てて内側へかき込む動作(インスイープ)へと移行します。
平泳ぎでは、このキャッチの瞬間に上半身が浮き上がるためのきっかけ作りも行っています。
背泳ぎ:小指からのエントリーと深い位置でのキャッチ
背泳ぎは唯一、仰向けで泳ぐため、キャッチの感覚が掴みにくい種目です。
基本は小指から入水し、手のひらが外側を向いた状態で水に入ります。
そこから、身体のローリング(回転)に合わせて、手のひらが下、そして後ろを向くように手首を返しながら水を捉えます。
クロールよりもやや深い位置でキャッチを行うのが特徴です。
水面近くで水を掴もうとすると、空気を巻き込んだり、水面を叩いたりしてしまいがちです。
肘を曲げて水を「抱え込む」ような動作はクロールと共通していますが、その起点が身体の横側にある点が背泳ぎ特有の難しさと言えるでしょう。
バタフライ:両手同時のパワーと体重移動の連動
バタフライのキャッチは、動き自体はクロールによく似ています。
しかし、両手を同時に動かすため、身体のうねり(アンジュレーション)との連動が不可欠です。
手が着水し、胸を張りながら前方へ重心を移動させる瞬間にキャッチを行います。
このとき、顔が水に入り込む勢いを利用して、体重全体で水を「押さえ込む」ようなイメージを持つと良いでしょう。
手の幅は肩幅よりもやや広く取り、クロールと同様に肘を高く保って水を捉えます。
バタフライはパワーが必要だと思われがちですが、このキャッチの瞬間にうまく体重を乗せることができれば、筋力に頼らずにスムーズに身体を浮き上がらせることが可能になります。
キャッチが「スカスカ」抜けてしまう原因と改善策

「手ごたえがない」「スカスカして進まない」という悩みは、初心者から中級者まで非常に多く聞かれます。
水が重く感じられないのには、明確な物理的原因があります。
ここでは、代表的な4つの原因と、それぞれの改善策を具体的に見ていきましょう。
原因1:入水時に空気をたくさん巻き込んでいる
入水の手が乱暴だと、手の周りにたくさんの気泡(泡)がついた状態でキャッチに入ることになります。
空気は水よりも密度が圧倒的に低いため、泡がついた手で水をかいても抵抗が生まれず、スポンジを握ったように力が抜けてしまいます。
これを防ぐには、「静かな入水」を心がけることが第一です。
指先から一点にスッと入るように意識し、入水直後はすぐに力を入れず、一瞬だけ水に馴染ませる時間を作ってみてください。
気泡が消えて、手が完全に水に包まれてからキャッチ動作を始めるだけで、グリップ力は格段に上がります。
原因2:肘が落ちてしまう「ドロップエルボー」
キャッチの瞬間に、手首や手のひらよりも先に「肘」が身体の方へ引かれてしまう現象です。
これを「ドロップエルボー(落ちた肘)」と呼びます。
肘が先行して引かれると、前腕で水の壁を作ることができず、水を「撫でる」だけの動作になってしまいます。
こうなると、水は腕の下を素通りしてしまい、推進力は生まれません。
改善するためには、プールの端(プールサイド)に手を乗せ、肘を立てて身体を引き上げる動作(プールの外に上がる動作)を真似してみましょう。
この「肘を支点にして身体を持ち上げる」感覚こそが、ドロップエルボーを防ぐ鍵となります。
原因3:手のひらの向きと角度が合っていない
水を後ろに押したいのに、手のひらが下を向いていたり、外を向いていたりすれば、力は逃げてしまいます。
特に多いのが、キャッチの瞬間に手首が反り返り、手のひらが完全に進行方向(前)を向いてブレーキをかけてしまうケースや、逆に手首を曲げすぎて水を下へ押さえつけてしまうケースです。
理想は、キャッチの段階で手のひらを「真後ろ」に向ける準備をすることです。
ただし、解剖学的にいきなり真後ろに向けるのは難しいため、最初は「斜め下・斜め後ろ」に向けながら、徐々に角度を調整していきます。
手首を固めすぎず、水の抵抗を一番強く感じる角度を探りながら泳ぐ「感度」を養うことが大切です。
原因4:水を掴む前に力を入れすぎている
「速く泳ぎたい」という焦りから、入水した瞬間に全力で腕を回そうとすると、キャッチがおろそかになります。
水は、急激に力を加えると乱流が発生し、かえって捉えにくくなる性質があります。
自転車のペダルを漕ぐとき、一番力が伝わる位置に来るまでは軽く踏み込むのと同様に、水泳もタイミングが重要です。
エントリーからキャッチまでは「脱力」して待ち、水の手応えを感じてから、徐々に加速するように力を加えていくのが正解です。
「イチ(入水)、ニ(キャッチ)、サン(プル)」のリズムで、最初の「ニ」までは焦らず丁寧に動作を行いましょう。
この「待ち」の時間を作ることが、スカスカ感を解消する特効薬になります。
水を確実に捉える「ハイエルボー」を極めるためのポイント

水泳のキャッチを語る上で欠かせないのが「ハイエルボー」という用語です。
これは、手首よりも肘が高い位置にある状態を指します。
なぜハイエルボーが推奨されるのか、そのメリットと習得のコツを整理しましょう。
てこの原理と広背筋の活用
ハイエルボーの最大のメリットは、背中の大きな筋肉「広背筋(こうはいきん)」を使える点にあります。
肘が落ちた状態でのストロークは、主に肩や腕の小さな筋肉に頼ることになり、すぐに疲れてしまいます。
一方、肘を高い位置に保って固定し、そこを支点にして水をかくと、脇の下から背中にかけての筋肉が動員され、強大なパワーを生み出すことができます。
また、物理的にも「てこの原理」が働きやすくなり、少ない力で大きな水を動かすことが可能になります。
鉄棒にぶら下がって懸垂をする時、肘を開いて背中で引き上げる感覚に近いかもしれません。
肩への負担を減らす効果
実は、ハイエルボーは怪我の予防にも役立ちます。
肘が落ちた状態で無理に水をかこうとすると、肩関節に過度な捻じれの負荷がかかり、「水泳肩」と呼ばれる痛みの原因になります。
正しいハイエルボーフォームは、肩関節が安定する位置で力を発揮できるため、長期間泳ぎ続けるスイマーにとっては身体を守るための技術でもあります。
ただし、無理に肘を上げすぎようとして肩をすくめてしまうと、逆にインピンジメント(衝突)を起こすこともあるので注意が必要です。
「肘を高く」というよりは、「肘を前に残す」という意識の方が、自然なフォームを作りやすいでしょう。
柔軟性が足りない場合の対処法
「ハイエルボーが良いのはわかったけれど、肩が硬くてその形が作れない」という方も多いはずです。
特に大人のスイマーにとって、理想的なハイエルボーは窮屈に感じることがあります。
その場合は、無理に肘を水面近くまで上げようとする必要はありません。
大切なのは「手首より肘が下がらないこと」です。
肘の位置が多少深くても、手首より高い位置にあれば、水を押さえる力は働きます。
また、身体のローリング(回転)を少し大きめに使うことで、肩の柔軟性を補いながら、擬似的にハイエルボーに近い角度を作ることができます。
自分の柔軟性に合わせた「自分なりのハイエルボー」を見つけることが、上達への近道です。
EVF(アーリー・バーティカル・フォアアーム)の意識
最近の競泳界では、ハイエルボーをさらに発展させた「EVF」という言葉もよく使われます。
これは「早い段階(Early)で、前腕(Forearm)を、垂直(Vertical)にする」という意味です。
キャッチの初期段階で、いかに素早く前腕をプールの底に向けて垂直に立てられるか、という技術です。
これができると、ストロークの最初から最後まで、ずっと水を後ろへ押し続けることができます。
練習方法としては、直径の大きなバランスボールや樽(たる)を上から抱え込むような動作をイメージすると良いでしょう。
腕を伸ばしたまま抱えるのではなく、肘関節をうまく使って、ボールの向こう側に手を落としていく感覚です。
陸上でもできる!キャッチの感覚を養うトレーニング

水中の感覚は、実は陸上のトレーニングで養うことができます。
むしろ、重力のある陸上の方が、筋肉の使い方やフォームの確認には向いている場合もあります。
自宅で手軽にできる練習法を紹介します。
ゴムチューブを使った筋力強化と軌道確認
最もポピュラーで効果的なのが、トレーニング用のゴムチューブを使った練習です。
柱などにチューブを固定し、前傾姿勢をとってストロークの動作を行います。
ポイントは、引き始めの瞬間に肘を固定することです。
いきなり手を手前に引くのではなく、まず肘を高い位置に残したまま、指先を地面に向ける動作(キャッチ)だけを繰り返します。
このとき、ゴムの張力によって前腕や指先に負荷がかかるはずです。
この負荷を感じながら、「肘が落ちていないか」「背中の筋肉が使われているか」を確認しましょう。
鏡の前で行うと、自分のフォームを客観的にチェックできるのでおすすめです。
バランスボールでストローク軌道を確認
大きめのバランスボールをお持ちの方は、ボールにお腹を乗せてうつ伏せになり、手足の動きを確認するのも良い方法です。
しかし、キャッチの練習として特におすすめなのは、ボールの前に立ち、ボールの上半分に手を乗せて転がす動きです。
ボールの頂点に手を置き、そこから自分の方へ転がそうとする時、肘を伸ばしたままだと力が入りません。
自然と肘を曲げて、ボールを抱え込むような形になるはずです。
この「丸いものを抱え込んで手前に引き寄せる」時の腕の形こそが、理想的なキャッチのフォームに近いものです。
水という流動体を、ボールという固形物に置き換えて脳にインプットさせるのです。
水中でのドリル練習:スカーリング
プールに行った際、ウォーミングアップでぜひ取り入れてほしいのが「スカーリング」です。
これは泳ぐのではなく、手だけで水をかいてその場に浮いたり、ゆっくり進んだりする練習です。
特に「フロントスカーリング」はキャッチの感覚を養うのに最適です。
顔を上げ(またはシュノーケルを使い)、両手を前に伸ばした状態で、手のひらを「八の字」あるいは「無限大(∞)」の字を描くように動かします。
手首のスナップを使いながら、水を外へ弾き、内へ弾く。
このとき、手のひらに常に水圧を感じ続けることが目標です。
「水が硬くなる角度」を指先で見つけることができれば、通常のスイムに戻った時、驚くほどキャッチが安定していることに気づくでしょう。
水中でのドリル練習:グーで泳ぐ(フィストスイム)
もう一つの効果的なドリルが、手を握って「グー」の状態でクロールを泳ぐ練習です。
手のひらが使えないため、強制的に「前腕」を使って水を捉える必要が出てきます。
最初は全く進まない感覚になるかもしれませんが、それで構いません。
「腕の内側全体」をどう使えば前に進むかを身体が自然と探り始めます。
25メートルをグーで泳いだ後、すぐに手を開いて(パーで)泳いでみてください。
手のひらの感覚が鋭敏になり、水が吸い付くような、強烈なキャッチの感覚を味わえるはずです。
まとめ:水泳キャッチとは推進力の源!感覚を磨いて楽に泳ごう
水泳におけるキャッチとは、単なる通過点ではなく、泳ぎの推進力を生み出すための最も重要な「起点」です。
最後に、今回の記事のポイントを振り返ってみましょう。
【水泳キャッチの重要ポイント】
- キャッチは水を掴んで「アンカー(支点)」を作る動作である。
- 手だけでなく、前腕全体を面として使う意識を持つ。
- 4泳法それぞれに適切なキャッチの位置とタイミングがある。
- 「スカスカ」する原因は、泡、肘落ち、タイミングのズレにある。
- ハイエルボーは背中の筋肉を使い、楽に泳ぐための技術である。
- 陸上トレーニングやスカーリングで「水圧を感じるセンサー」を磨く。
キャッチの技術は、一朝一夕で身につくものではありません。
日によって感覚が良い日もあれば、水が逃げてしまう日もあるでしょう。
しかし、「水を丁寧に扱う」という意識を持ち続けることで、必ずあなたの手は「水を掴める手」へと進化していきます。
次回のプールでは、距離やスピードを一旦忘れ、指先から伝わる水の感触だけに集中してみてください。
その小さな気づきが、あなたの泳ぎを劇的に変えるきっかけになるはずです。



