水泳は全身を使うスポーツであり、水の抵抗に負けないしなやかで強い体が必要です。「もっと楽に長く泳ぎたい」「タイムを縮めたい」と願うスイマーにとって、実は最も大切な基礎となるのが水泳のストレッチです。
プールに入る前、そして上がった後に適切なケアを行うことで、パフォーマンスは劇的に向上します。また、水泳特有の肩や腰の怪我を防ぐためにも、柔軟性は欠かせません。
この記事では、初心者から上級者まで役立つ、効果的なストレッチの方法とタイミングについて詳しく解説します。
水泳のストレッチがなぜ重要なのか?得られる3つのメリット

水泳を楽しむ多くの人が、準備体操を軽く済ませてすぐにプールに入ってしまいがちです。しかし、陸上よりも不安定な水中で体を動かす水泳において、ストレッチは単なる準備運動以上の意味を持っています。まずは、なぜストレッチが入念に必要なのか、その具体的なメリットを3つのポイントに絞って解説します。
怪我の予防と安全性の確保
水泳は関節への負担が少ないスポーツだと思われがちですが、実は肩や腰、膝には繰り返しの動作による大きな負荷がかかっています。特に「水泳肩(スイマーズショルダー)」や「平泳ぎ膝」と呼ばれる特有の怪我は、筋肉が硬い状態で無理なフォームを続けることで引き起こされるケースが非常に多いのです。
ストレッチを行い、筋肉や腱を十分に伸ばして温めておくことで、こうした障害のリスクを大幅に減らすことができます。関節の動きが滑らかであれば、突発的な動きに対しても体が柔軟に対応できるため、筋肉の断裂や炎症といったトラブルを未然に防ぐことにつながります。
可動域が広がり泳ぎがスムーズになる
速く、そして楽に泳ぐために最も重要なのが「ストリームライン(けのびの姿勢)」です。水の抵抗を最小限にするこの姿勢をとるためには、肩関節や胸郭の柔軟性が不可欠です。体が硬いと腕が耳の後ろまで上がらず、下半身が沈んでしまい、水の抵抗をまともに受けてしまいます。
適切なストレッチで関節の可動域(ROM)を広げることができれば、より遠くの水をキャッチできるようになります。1回のかき(ストローク)で進む距離が伸びるため、結果として少ない回数でゴールまでたどり着けるようになり、スタミナの温存とタイムの短縮が同時に実現します。
疲労回復を早めて翌日に疲れを残さない
水泳後の体には、乳酸などの疲労物質が蓄積されています。練習が終わった後にそのまま放置してしまうと、筋肉は硬く収縮したままになり、血流が悪くなって疲労が抜けにくくなります。これが翌日の「重だるさ」の原因です。
運動後のストレッチは、使った筋肉をゆっくりと伸ばして血行を促進させる効果があります。血液の循環が良くなれば、酸素や栄養が筋肉の隅々まで運ばれ、疲労物質の排出がスムーズになります。長く水泳を趣味として続けるためにも、その日の疲れをその日のうちにリセットする習慣は非常に大切です。
泳ぐ前の準備運動には「動的ストレッチ」がおすすめ

「ストレッチ」と一口に言っても、実は大きく分けて2つの種類があることをご存知でしょうか。泳ぐ前に行うべきなのは、体を動かしながら筋肉をほぐす「動的ストレッチ(ダイナミックストレッチ)」です。ここでは、なぜ泳ぐ前にこの方法が適しているのか、その理由と効果について深掘りします。
動的ストレッチと静的ストレッチの違いとは
一般的に「ストレッチ」と聞いてイメージするのは、アキレス腱を伸ばしてじっと止まるような動作かもしれません。これは「静的ストレッチ(スタティックストレッチ)」と呼ばれ、主にリラックスや筋肉の伸長を目的としています。しかし、泳ぐ直前に筋肉を伸ばしすぎて緩めてしまうと、逆に瞬発力が低下し、力が入らなくなる可能性があることが近年の研究でわかっています。
一方で「動的ストレッチ」は、腕を回したり、足踏みをしたりと、リズミカルな動きの中で関節の可動域を広げていく方法です。筋肉の収縮と弛緩を繰り返すことで、これから運動する筋肉に対して「動く準備」をさせるのが最大の特徴です。水泳前には、この動的ストレッチを中心に行うのが正解です。
体を温めて筋肉のスイッチを入れる重要性
プールサイドは室温が管理されているとはいえ、水に入れば体温は奪われます。冷えた状態で急に激しい動きをすると、筋肉はびっくりして痙攣(けいれん)を起こしたり、足がつったりする原因になります。特に冬場や屋外プールではこのリスクが高まります。
動的ストレッチを行うことで、体内の血液循環が早まり、筋肉の温度(筋温)が上昇します。温まった筋肉はゴムのようにしなやかに伸び縮みするため、入水直後からスムーズな動きが可能になります。筋肉に「これから動くぞ」というスイッチを入れる儀式だと考えましょう。
心拍数を少し上げておくことの効果
泳ぎ始めに「息が苦しい」と感じたことはありませんか?これは、安静状態から急激に運動強度上がったことに心肺機能が追いついていないために起こります。動的ストレッチで軽く体を動かしておくことは、心拍数を徐々に上げるウォーミングアップの効果も兼ねています。
【部位別】水泳前にやっておきたいストレッチメニュー

それでは、具体的に水泳前に行うべき動的ストレッチのメニューを紹介します。水泳で特に重要となるのは「肩甲骨」「股関節」「足首」「体幹」の4箇所です。これらを重点的に動かすことで、水の中でのパフォーマンスが格段に変わります。ラジオ体操のような反動を使った動きを取り入れながら行いましょう。
水泳の命!肩甲骨周りをほぐす方法
水泳において腕は「肩から回す」のではなく「肩甲骨から回す」のが基本です。肩甲骨周りが固まっていると、クロールや背泳ぎで腕がスムーズに回らず、肩への負担が増大します。肩甲骨を剥がすようなイメージで大きく動かしましょう。
【肩甲骨の回旋運動】
1. 足を肩幅に開いて立ちます。
2. 両手を肩の上に置きます(右手指先を右肩、左手指先を左肩へ)。
3. 肘で大きな円を描くように、前から後ろへ大きく10回回します。
4. 次に、後ろから前へ大きく10回回します。
ポイント:
肘が耳の横を通り、後ろでは肩甲骨同士がくっつくくらい寄せる意識で行ってください。
この動きによって肩甲骨周辺のインナーマッスルが刺激され、キャッチ(水を捉える動作)の際により遠くへ手を伸ばせるようになります。バタフライや平泳ぎのリカバリー動作もスムーズになるでしょう。
キック力を高める股関節の柔軟体操
力強いキックを打つためには、太ももだけで動かすのではなく、股関節から脚全体を鞭(ムチ)のようにしならせる必要があります。股関節が硬いとキックの振れ幅が小さくなり、推進力が生まれません。また、平泳ぎのウィップキック(足の引きつけ)では、股関節の柔軟性が怪我予防に直結します。
【股関節の動的ストレッチ(レッグスイング)】
1. 壁や手すりに片手をついて体を支えます。
2. 片足を前後に振り子のように大きく振ります(10回)。
3. 次に、体を正面に向け、片足を左右に大きく振ります(10回)。
4. 反対側の足も同様に行います。
ポイント:
上半身がグラグラしないように体幹を安定させ、足の重みを使ってリズミカルに行いましょう。
この動作により股関節の可動域が広がり、クロールのバタ足やドルフィンキックの振れ幅が大きくなります。結果として、少ない力で大きな推進力を得ることができるようになります。
足首の柔軟性を高めて推進力アップ
水泳選手が非常に柔らかい足首を持っているのを見たことがあるでしょう。足首が硬く、足の甲が真っ直ぐ伸びない状態(直角に近い状態)だと、バタ足をしても水を押すことができず、ブレーキになってしまいます。足首を柔らかく使えることは、キックが進むかどうかの生命線です。
【足首回しと底屈ストレッチ】
1. 片足立ちになり(不安な場合は壁を持つ)、足首を大きく20回ずつ、時計回りと反時計回りに回します。
2. 次に、足の甲を床に押し付けるようにして、足首の前側を伸ばします(体重を軽くかけながらリズムよく)。
3. 最後に、つま先立ちをしてふくらはぎを収縮させ、かかとを下ろす動作を10回繰り返します。
足首の柔軟性が高まると、フィン(足ひれ)をつけているような状態に近づき、水を後ろへ押し出す力が格段に強くなります。特に足がつりやすい人は、念入りに行いましょう。
体幹をひねってローリングをスムーズに
クロールや背泳ぎでは、体を左右に傾ける「ローリング」という動作が重要です。体が一本の丸太のようになっていると、呼吸のたびにバランスを崩したり、腕を回すのが窮屈になったりします。背骨を中心とした回旋動作をスムーズにするために、体幹部をひねるストレッチを行います。
【トルソー・ツイスト(体幹ひねり)】
1. 足を肩幅より少し広く開いて立ちます。
2. 両腕を左右に広げ、リラックスさせます。
3. そのまま腕の遠心力を使って、上半身を左右に大きくひねります。
4. 腕が体に巻き付くようなイメージで、リズムよく20回程度行います。
ポイント:
顔は正面に残さず、ひねる方向へ一緒に向けると首への負担が減ります。お腹の奥の筋肉が伸び縮みするのを感じてください。
このストレッチを行うことで、呼吸動作がスムーズになり、長距離を泳いでも姿勢が崩れにくくなります。水泳は「手足だけでなく体幹で泳ぐ」スポーツであることを意識しましょう。
練習後のクールダウンは「静的ストレッチ」でリラックス

しっかりと泳いだ後の体は、筋肉が疲労して熱を持ち、興奮状態にあります。このまま放置すると筋肉が硬くなり、疲労物質が溜まったままになってしまいます。練習後には、時間をかけて筋肉を伸ばす「静的ストレッチ」を行い、心身ともにクールダウンさせましょう。
筋肉の緊張を解いて血流を良くする
静的ストレッチの基本は「反動をつけずに、痛気持ちいいところで20秒〜30秒キープする」ことです。練習後の筋肉は収縮しようとする力が働いているため、これをゆっくりと引き伸ばして元の長さに戻してあげる必要があります。
この時、絶対に呼吸を止めないように注意してください。深くゆっくりとした呼吸(特に吐く息を長くする)を意識することで、自律神経が副交感神経(リラックスモード)優位に切り替わります。これにより血管が拡張し、老廃物が流れ出しやすくなります。
腰やハムストリングスを伸ばすストレッチ
水泳、特にクロールやバタフライでは、常に水面に対して水平姿勢を保つために腰や太ももの裏側(ハムストリングス)を使っています。また、キック動作で酷使したこれらの部位は、腰痛の原因にもなりやすいため重点的にケアします。
【ハムストリングスのストレッチ】
1. 床に座り、片足を伸ばし、もう片方の足は内側に曲げます。
2. 息を吐きながら、伸ばした足のつま先に向かってゆっくりと上体を倒します。
3. 太ももの裏が伸びているのを感じたら、そこで20秒キープします。
4. 反対側も同様に行います。
腰に不安がある方は、仰向けに寝転がり、タオルを足の裏にかけて手で引っ張り上げる方法もおすすめです。腰への負担を減らしながらハムストリングスを効果的に伸ばせます。
上腕三頭筋と肩周りのケアを入念に
水をかく動作(プッシュ)で最も疲労するのが、二の腕の裏側にある「上腕三頭筋」です。また、広背筋(背中の大きな筋肉)もストロークの主動力となるため、ここが硬くなると次回以降の泳ぎが小さくなってしまいます。
【二の腕と背中のストレッチ】
1. 右腕を上に上げ、肘を曲げて手のひらを背中につけます。
2. 左手で右肘をつかみ、ゆっくりと下方向へ押していきます。
3. 二の腕から脇の下にかけて伸びるのを感じながら20秒キープします。
4. さらに体を左側へ少し傾けると、脇腹から広背筋まで全体を伸ばせます。
5. 反対側も同様に行います。
このストレッチはプールから上がってお風呂に入る前や、シャワーを浴びながら行うのも効果的です。肩周りの軽さを取り戻すことで、翌日の肩こりを防ぐことができます。
プールサイドや自宅でできる毎日のケア習慣

水泳のパフォーマンスを向上させるための柔軟性は、プールに行った日だけストレッチをしてもなかなか身につきません。「継続は力なり」という言葉通り、日々の生活の中で少しずつ体を柔らかくしていくことが、理想の泳ぎへの近道です。
お風呂上がりに行うストレッチの効果
自宅でストレッチを行うのに最適なタイミングは、間違いなく「お風呂上がり」です。入浴によって体温が上がり、筋肉や腱が最も柔らかくなっている状態だからです。このタイミングで行うストレッチは、痛みを感じにくく、普段よりも深く伸ばすことができます。
毎日5分でも構いません。テレビを見ながらでも良いので、股関節の開脚や肩のストレッチを行う習慣をつけましょう。1ヶ月も続ければ、プールに入った瞬間の「体の軽さ」や「ストリームラインの組みやすさ」に変化を感じるはずです。
道具を使ったストレッチ(ストレッチポールなど)
自分の体重だけで伸ばすのが難しい背中や肩甲骨周りには、道具を活用するのも賢い方法です。特に円柱状の「ストレッチポール(フォームローラー)」は、水泳選手にも愛用者が多いアイテムです。
ポールの上に仰向けに乗ってゴロゴロと背中を揺らすだけで、自分では届かない背骨周辺の筋肉をほぐすことができます。胸が大きく開く姿勢になるため、水泳で丸まりがちな肩(猫背気味の姿勢)をリセットし、呼吸がしやすい体を作ることができます。自宅のリビングに一本置いておくと、隙間時間にケアができて便利です。
無理をせず継続するためのポイント
柔軟性を高めたいからといって、痛みを我慢してグイグイと伸ばすのは逆効果です。筋肉(筋紡錘)には「急激に伸ばされると、切れないように縮もうとする」防御反応(伸張反射)があります。痛いほど伸ばすと、かえって筋肉は硬くなってしまいます。
水泳のストレッチを習慣化して長く楽しく泳ぎ続けましょう
水泳のストレッチは、単なる準備体操ではなく、怪我を防ぎ、泳ぎの質を高め、翌日の疲れを残さないための重要な「トレーニングの一部」です。泳ぐ前には動的ストレッチで筋肉にスイッチを入れ、泳いだ後には静的ストレッチで労ってあげる。このサイクルを確立することで、あなたの水泳ライフはより快適で充実したものになるでしょう。
特に大人のスイマーにとって、柔軟性の維持は長く水泳を続けるための鍵となります。今日からさっそく、プールサイドでのストレッチに対する意識を変えてみてください。しなやかな体を手に入れて、水の中を自由に、そして美しく泳ぎ続けましょう。

