クロールの練習をしていて、最も多くの人がつまずく壁、それが「息継ぎ」です。特に、「顔を上げてパッと口を開いているはずなのに、なぜか空気が入ってこない」「吸おうとすると水が入ってきて苦しい」という悩みを抱えている方は非常に多いものです。一生懸命練習しているのに、息が吸えない苦しさが続くと、泳ぐこと自体が怖くなってしまいますよね。
実は、口を開けても息が吸えないのには、明確な原因があります。それは決してあなたの肺活量が少ないからでも、運動神経が悪いからでもありません。呼吸のメカニズムと、水中での体の使い方のちょっとしたコツを知らないだけなのです。この「吸えない」現象は、多くのスイマーが一度は通る道であり、正しい手順で修正すれば必ず楽に呼吸ができるようになります。
この記事では、なぜ口を開けても空気が吸えないのかという原因から、楽にたっぷりと空気を吸い込むための具体的なテクニック、そして今日から実践できる練習方法までを、初心者の方にも分かりやすく丁寧に解説していきます。息継ぎの苦しさを解消して、気持ちよく長く泳げるようになるためのヒントを一緒に学んでいきましょう。
クロールの息継ぎでパッと口を開いても吸えないのはなぜ?主な原因を知ろう

「口は開いているのに、空気が肺に入ってこない」。まるで透明な壁に阻まれているようなこの感覚は、本当に焦るものです。まずは、なぜそのような現象が起こるのか、その根本的な原因を紐解いていきましょう。原因が分かれば、対策はぐっと簡単になります。
水中で息を吐ききれていない(肺に空気が残っている)
最も多い原因がこれです。「息を吸えない」と悩む人の9割以上は、実は「息を吐けていない」ことが原因だと言われています。人間の肺の大きさには限りがあります。水中で肺の中に空気がパンパンに残った状態のまま顔を上げて口を開いても、新しい空気は入ってくるスペースがありません。
陸上での呼吸を思い出してみてください。深呼吸をする時、まず大きく息を吐き出してから吸いますよね。水泳も同じです。苦しいからといって、肺に古い空気が残ったままさらに吸おうとしても、物理的に不可能なのです。水中でしっかりと息を吐き出していないことが、「パッと口を開いても吸えない」最大の理由と言えるでしょう。
息継ぎのタイミングが遅れて体が沈んでいる
次に考えられるのが、息継ぎのタイミングのズレです。クロールでは、腕を回す動作と呼吸の動作が連動しています。しかし、呼吸への意識が強すぎると、どうしても動作がワンテンポ遅れてしまいがちです。特に、水をかいた手が太ももの横を通り過ぎて、水上に戻ってくる段階でようやく顔を上げようとすると、タイミングとしては遅すぎます。
タイミングが遅れると、体は浮力を失い、沈み始めます。体が沈みかけた状態で慌てて口を開けても、口の位置が水面ギリギリ、あるいは水面より下になってしまいます。本人の感覚としては「口を開けた」つもりでも、実際には水面下で開けているため、空気ではなく水が飛び込んでくるか、あるいは水が入るのを防ぐために無意識に喉を閉じてしまい、結果として息が吸えなくなるのです。
頭を上げすぎてバランスが崩れている
「息を吸いたい!」という必死な思いは、どうしても頭を高く持ち上げようとする動作に繋がります。これは「ヘッドアップ」と呼ばれる悪い姿勢の代表例です。人間の体は水中でシーソーのようなバランスを保っています。重たい頭を水面から高く持ち上げれば上げるほど、その対角線上にある足は深く沈んでいきます。
足が沈むと、体全体が斜めになり、水の抵抗をまともに受けて失速します。失速するとさらに体は沈みます。この悪循環の中で、高い位置にあるはずの口元も、実は体全体の沈没に伴って水面近くまで下がってきてしまうのです。高く上げようとすればするほど、逆に吸いにくい状況を自分で作ってしまっているのが、このパターンの特徴です。
口の中に水が入るのを恐れて力んでいる
精神的な要因も無視できません。一度でも鼻や口に水が入ってツーンとしたり、むせたりする経験をすると、脳は「水=危険」と認識します。すると、息継ぎの瞬間に「水が入ってくるかもしれない」という恐怖心から、無意識のうちに喉の奥や胸の筋肉をギュッと固めてしまいます。
この過度な緊張(力み)があると、たとえ口が開いていて、口元が空気中に出ていたとしても、気道が狭くなっていて空気がスムーズに入ってきません。「吸おう」と思っているのに体が拒絶反応を示してしまっている状態です。リラックスしていれば一瞬で入ってくる空気が、力みのせいで入ってこず、その焦りがさらに力みを生むというスパイラルに陥ってしまいます。
息を吸うための絶対条件!「吐く」ことの重要性

原因のセクションでも触れましたが、息を吸うためには「吐く」ことが何よりも重要です。ここでは、具体的にどのように吐けば、その後の「吸う」動作がスムーズになるのか、そのメカニズムと実践的なテクニックを深掘りしていきましょう。呼吸のリズムを変えるだけで、劇的に楽になることがあります。
鼻からブクブクと吐き続けるリズム
水泳の呼吸の基本は「鼻から吐いて、口で吸う」です。顔が水中にある間、ずっと息を止めている方がいらっしゃいますが、これは苦しくなる原因の一つです。顔を水につけた瞬間から、鼻から「んー」とハミングをするようなイメージで、優しく長く息を吐き続けましょう。
この「吐き続ける」という動作には二つのメリットがあります。一つは、常に肺の中の圧力を調整し、水が鼻に入ってくるのを防ぐこと。もう一つは、二酸化炭素を排出することで、脳が感じる「苦しい」という信号を和らげることです。最初から最後まで一定の量で吐くのが難しい場合は、最初は少しずつ、顔を上げる直前に強めに吐くなど、リズムを調整してみるのも良いでしょう。大切なのは、水中で息を止めないことです。
水面に出る直前の「パッ」という破裂音
ここが今回のキーワードにもある「パッと口を開く」動作の核心部分です。水中で鼻から息を吐き続け、顔を横に向けて口が水面に出るその瞬間に、「パッ!」と強めに息を吐き出してみてください。実際に声に出して「パッ」と言うつもりでやると効果的です。
この「パッ」という動作は、肺に残っている最後の空気を爆発的に吐き出す役割と、口の周りについた水を吹き飛ばす役割があります。そして何より重要なのが、強く吐き切ることで肺の中が陰圧(圧力が低い状態)になり、その反動で新しい空気が自然と「シュッ」と肺に飛び込んでくるという点です。自分で「吸おう」と努力しなくても、吐き切る反動を使えば、空気は勝手に入ってきてくれます。これが「パッと開いて吸う」の正しい形です。
苦しい時ほどしっかり吐くべき理由
泳いでいて苦しくなってくると、人間の本能として「早く吸いたい、たくさん吸いたい」と思い、吐くことをおろそかにしがちです。しかし、これは逆効果です。苦しい時というのは、体内で酸素が不足していると同時に、二酸化炭素が溜まっている状態です。この二酸化炭素を外に出さない限り、どれだけ新鮮な酸素を取り込もうとしても、体は楽になりません。
苦しい時こそ、勇気を持って「しっかり吐く」ことに意識を向けてください。「吸う」ことよりも「吐く」ことを優先するのです。肺の中を空っぽにするつもりで吐き切れば、必ず新鮮な酸素が入ってきます。この逆転の発想を持てるようになると、長い距離を泳いでも息が上がりにくくなります。「苦しいな」と感じたら、「もっと吸わなきゃ」ではなく「もっと吐かなきゃ」と自分に言い聞かせてみましょう。
ポイント:
「吸う」意識は捨てて大丈夫です。「吐く」ことだけに集中すれば、体の構造上、空気は勝手に入ってきます。まずは水中で鼻歌を歌うように、リラックスして吐くことから始めましょう。
空気の通り道を作る「ボウウェーブ」と呼吸のポケット

息を吸うためには、ただ顔を上げれば良いわけではありません。水泳には、水流を利用して呼吸のための空間を作る賢いテクニックがあります。それが「ボウウェーブ(Bow Wave)」の活用です。これを知っているかどうかで、息継ぎの楽さが天と地ほど変わります。
頭のてっぺんで水を押して波を作る
「ボウウェーブ」とは、船が進むときに船首(ボウ)で水をかき分けてできる波のことです。クロールを泳ぐとき、人間の頭がこの船首の役割を果たします。頭のてっぺん(つむじのあたり)で水を前に押すようにして進むと、頭の前方に小さな波が立ちます。
波が立つということは、その直後には水位が低くなる「谷」ができます。ちょうど顔の横あたりに、水面が凹んだ空間(ポケット)ができるのです。上級者が口を半分しか出していないのに余裕で呼吸ができるのは、このポケットの中に口があるからです。この波を作るためには、頭を上げずに、しっかりと水につけておく必要があります。頭を上げてしまうと波が立たず、ポケットも生まれません。
口を大きく開けすぎない「おちょぼ口」のすすめ
「パッと口を開く」というと、どうしても口を「ア」の形に大きく開けたくなるかもしれません。しかし、水面ギリギリの場所で口を大きく開けすぎると、下唇が水面をすくってしまい、ガボッと水を飲んでしまう原因になります。実は、息継ぎの時の口の形は、大きく開けるよりも少しすぼめた形の方が安全です。
イメージとしては「おちょぼ口」や、口笛を吹くような形、あるいは「パッ」と言った後の口の形です。口を少しすぼめることで、口の位置を微妙に高く保つことができ、かつ周囲の水が入りにくくなります。また、すぼめた口で吸うと、空気が勢いよく入ってくるため、短時間で効率的に吸気を行うことができます。大きく「アーン」と開けるのではなく、コンパクトに鋭く吸う意識を持ってみてください。
片方のゴーグルを水中に入れたままにする視線
呼吸のポケットをうまく使うためには、顔の向きと角度が重要です。天井や空を見ようとして顔を上に向けてしまうと、後頭部が沈み、ポケットが消えてしまいます。理想的なのは、片方の目(水中側の目)を水の中に入れたままにしておくことです。
「片目だけ水上に出す」という意識を持つと、顔の回転角度が適切に保たれます。水面ギリギリに片方のゴーグルが浸かっている状態をキープできれば、口元はちょうどボウウェーブで作られた空気のポケットの中に収まります。最初は怖いかもしれませんが、片方のゴーグル越しに水中を見るようなつもりで、視線を真横、あるいは少し斜め後ろに向けるように意識しましょう。
顎を引くことで確保できる呼吸スペース
頭の位置を安定させ、ボウウェーブを維持するために欠かせないのが「顎を引く」動作です。息継ぎの瞬間に顎が上がってしまうと、首が伸びて頭頂部が水没したり、逆に顔が上がりすぎたりして、水の抵抗が増えてしまいます。
顎を軽く引いて、首の後ろを伸ばすような感覚を持ちましょう。顎を引いたまま、首を軸にしてコロンと転がるように顔を横に向けるのです。そうすると、頭のてっぺんが常に進行方向を向いた状態になり、綺麗な波が作られ続けます。この「顎を引く」という小さな動作一つで、呼吸のためのスペース(ポケット)が驚くほど確保しやすくなります。吸えないと悩む時ほど、顎が上がっていないか確認してみてください。
スムーズな空気の入れ替えを実現する体のローリング

息継ぎは「首の運動」ではありません。体全体を使った「全身運動」です。首だけで顔を横に向けようとすると可動域に限界があり、どうしても無理な姿勢になってしまいます。ここで重要になるのが「ローリング」と呼ばれる体の回転動作です。
肩の回転を使って顔を横に向ける
クロールは、体を平らにしたまま手足だけを動かす泳ぎではありません。左右の腕を交互に回す動きに合わせて、体も左右に傾きます。これをローリングと言います。息継ぎをする時は、このローリングの動きを最大限に利用しましょう。
具体的には、呼吸をする側の肩を水面上にしっかりと出し、反対側の肩を深く沈めます。体が横を向けば、顔も自然と横を向きます。首を90度ねじる必要はありません。体が45度傾けば、首はあと45度回すだけで真横を向けます。首の力で顔を振り向かせるのではなく、肩が持ち上がる動きに乗っかって、顔が自然と水面に出てくる感覚を掴んでください。
腕で水をかこうとしすぎないこと
「息を吸いたい」という焦りは、手の動きにも悪影響を与えます。呼吸のタイミングで、水をかいている手(プル動作中の手)に過剰な力が入ってしまうのです。「水を押して体を持ち上げよう」として、水を下方向に押さえつけてしまう人が多く見られます。
水を下に押すと、反作用で体は一時的に浮きますが、すぐに強い力で沈んでしまいます。また、推進力にもなりません。息継ぎの時こそ、腕の力は抜いて、スムーズに後方へ水を運ぶことだけを考えましょう。腕で体を支えるのではなく、体の浮力とスピードで浮いている状態を目指します。腕はあくまで前に進むためのオールであり、体を持ち上げるための杖ではありません。
伸ばした手の方へ体重を乗せる感覚
ローリングをスムーズに行い、安定した息継ぎをするためには、前に伸ばしている手(呼吸をしていない側の手)の役割が非常に重要です。この手がしっかりと前方に伸びて、水を押さえている(水に乗っている)ことで、体全体の軸が安定します。
息継ぎをする時、つい伸ばしている手が一緒に動いてしまったり、下がってしまったりすることがあります。これでは支えがなくなり、沈んでしまいます。呼吸をする時は、前に伸ばしている手の方へ体重をぐっと乗せるようなイメージを持ってみてください。あたかも、前に伸ばした手に枕をして寝るような感覚です。支えとなる手が安定していれば、安心して体を横に傾けることができ、余裕を持って息を吸うことができます。
陸上と水中でできる練習ドリル

ここまで、原因と理屈について説明してきました。しかし、頭で理解しても体がすぐに動くとは限りません。理屈を体感に変えるための、効果的な練習ドリルをいくつか紹介します。プールに行けない日でもできる練習もあります。
陸上で呼吸のリズムを確認する「サイドブレス」
まずは水に入る前に、鏡の前でフォームとリズムの確認をしましょう。これを「サイドブレス」の練習と呼びます。足を肩幅に開いて立ち、クロールの前傾姿勢をとります(腰を曲げて上半身を床と平行に近づける)。
片手を前に伸ばし、もう片方の手は太ももに添えます。この状態で、顔を横に向けて息を吸う動作を繰り返します。ポイントは「パッ」と音を出して吐き、その反動で吸うリズムを確認することです。そして、吸う時に頭を上げすぎていないか、顎が引けているか、鏡で自分のフォームをチェックしてください。陸上でできない動きは、水中では絶対にできません。まずは陸上でリラックスして行えるようにしましょう。
プールサイドを持って練習する「ボビング」の応用
水中での基本練習として「ボビング(ジャンプ呼吸)」がありますが、これを息継ぎの形に応用します。プールの壁やプールサイドを両手で持ち、顔を水につけて浮かびます(または立ったまま前傾姿勢になります)。
鼻からブクブクと息を吐きながら、片手を太ももの横まで動かし、同時に顔を横に向けて「パッ」と息継ぎをします。そしてまた顔を戻します。この時、足は床についたままで構いません。浮力やバランスを気にせず、「吐く→横を向く→パッ→吸う→戻る」という呼吸のサイクルだけに集中できます。特に、片方のゴーグルが水に入ったままの景色に慣れる練習として非常に有効です。
ビート板を使った片手クロールで姿勢を確認
実際に泳ぎながら感覚を掴むには、「片手クロール」が最適です。ビート板を片手で持ち、もう片方の手だけでクロールを泳ぎます。ビート板が浮力の助けになるため、体が沈みにくくなり、落ち着いて息継ぎの練習ができます。
ビート板を持っている手の方にしっかりと体重を乗せ(枕にする感覚)、呼吸する側の肩を大きく上げてローリングすることを意識します。ビート板があるので、前に伸ばした手が下がるのを防ぐこともできます。「あ、この角度なら楽に吸えるな」というポイントが見つかるまで、ゆっくりとした動作で繰り返してみてください。慣れてきたらビート板なしの片手クロールにも挑戦してみましょう。
練習のヒント:
焦る必要はありません。最初は25メートル泳ぎ切ることよりも、3回か4回、完璧な息継ぎができればOKと考えましょう。距離よりも質を重視することが、上達への近道です。
まとめ:クロールの息継ぎでパッと口を開いても吸えない悩みは「吐く」と「姿勢」で解決
クロールの息継ぎで「口を開いても吸えない」という悩みは、多くのスイマーが直面する壁ですが、必ず乗り越えられるものです。最後に、今回お伝えした重要なポイントを振り返りましょう。
まず、息を吸うためには、水中で鼻からしっかりと息を吐き切ることが絶対条件です。肺の中を空っぽにするつもりで吐き、水面に出た瞬間の「パッ」という反動を利用して空気を自動的に取り込みましょう。
そして、姿勢も重要です。頭を上げすぎず、ボウウェーブで作られる「空気のポケット」を活用すること。そのためには、顎を引き、片方のゴーグルを水中に入れたままにする視線が鍵となります。また、首だけで向こうとせず、体のローリングを使って肩ごと回転させることで、楽に口を水面に出すことができます。
苦しいと感じた時こそ、「吸わなきゃ」ではなく「吐かなきゃ」と意識を切り替えてみてください。そして、焦らずに陸上でのイメトレや、ビート板を使った片手クロールなどで、少しずつ感覚を磨いていきましょう。ふとした瞬間に、「あ、空気がスッと入ってきた!」という感覚を掴める日が必ず来ます。楽な呼吸を手に入れて、水泳の楽しさを存分に味わってくださいね。

