水泳の4泳法の中で、唯一水中からスタートするのが背泳ぎです。「スタート台の上から飛び込むよりも怖くない」と思う方もいれば、「足が滑りそうで不安」「背中を水面に打ち付けて痛い思いをした」という方も多いのではないでしょうか。
実は、背泳ぎのスタートは、わずか数秒の動作の中に多くの技術が詰まっており、ここを改善するだけでタイムが1秒以上縮まることも珍しくありません。また、きれいに弧を描いて入水できた時の爽快感は格別です。
この記事では、初心者の方でも安心して取り組める基本の構え方から、上級者が実践しているバサロキックや浮き上がりのテクニックまで、背泳ぎのスタートを極めるためのポイントを丁寧に解説していきます。一緒に美しいスタートをマスターして、ベストタイム更新を目指しましょう。
背泳ぎのスタートが難しい理由とは?基本の構え方を知ろう

背泳ぎのスタートが他の泳ぎと大きく異なるのは、不安定な水中で身体を固定し、そこから後ろ向きに飛び出さなければならないという点です。まずは、焦らずに正しいポジションを作ることから始めましょう。
なぜ背泳ぎだけ水中からスタートするのか
競泳の歴史を振り返ると、かつては背泳ぎもプールサイドから飛び込んでいた時期があったと言われていますが、現在はルール上、必ず水中からスタートすることになっています。これには「仰向けの状態から競技を開始する」という背泳ぎ特有の定義が関係しています。
水中スタートの難しさは、足場が濡れていて滑りやすいことと、浮力によって身体が安定しにくいことです。スタートの合図が鳴るまでの間、自分の筋力とバランス感覚だけで身体を静止させなければなりません。そのため、飛び出す力だけでなく、まずは「止まる力」が重要になります。初心者のうちは、水中でリラックスして壁に足をつけ、合図を待つことに慣れるだけでも大きな進歩です。
スタート台のグリップの握り方と手の位置
スタートバー(グリップ)を握る位置は、肩幅よりもやや広めにするのが一般的です。広げすぎると力が入りにくく、狭すぎると身体を引き上げるのが窮屈になります。自分が一番力を込めやすく、脇が自然に締まる位置を探してみてください。
握り方にはいくつかの種類がありますが、親指をバーの下に回してしっかりと握り込む方法が基本です。指先だけで引っ掛けるように持つ選手もいますが、慣れないうちはしっかりと握り、身体を安定させることを優先しましょう。
ここで大切なのは、腕の力だけで身体を支えようとしないことです。腕に力が入りすぎていると、合図が鳴った瞬間の反応が遅れてしまいます。「腕はリラックスさせておき、背中の筋肉で身体を支える」というイメージを持つと、スムーズに動き出すことができます。
足の位置と高さの調整が成功の鍵
壁に足をセットする位置は、スタートの成否を分ける非常に重要な要素です。足の位置が高すぎると、飛び出した後にお尻が下がってしまったり、入水が深くなりすぎたりする原因になります。逆に低すぎると、壁を蹴る力が上方向に逃げてしまい、遠くへ飛ぶことができません。
一般的には、水面から足の指先が少し出るか、水面ギリギリの位置にセットするのが理想的です。ただし、プールの壁が滑りやすい場合や、脚力に自信がない場合は、少し低めにセットすることで安定感が増します。
最近のプールには「バックストロークレッジ」という、足が滑らないようにするための補助器具が設置されていることが増えています。これを使用する場合は、自分の体格に合わせて高さを調整しましょう。レッジがあることで足が滑る心配が減り、思い切り壁を蹴ることができます。
リラックスして合図を待つ心構え
「Take your marks(用意)」の号令がかかったら、身体をぐっと持ち上げて静止します。この時、最も大切なのはメンタルコントロールです。緊張してガチガチになっていると、筋肉が硬直して瞬発力が発揮できません。
スタート直前のルーティン例
1. 深く息を吸って、吐きながらグリップを握る。
2. 足の位置を確認し、壁にしっかりフィットさせる。
3. 号令で身体を引き上げたら、一点を見つめて集中する。
4. 音に反応することだけを考える。
このように、自分なりの手順を決めておくことで、いつもの練習通りのパフォーマンスを発揮しやすくなります。静止している時間はほんの一瞬ですが、その一瞬に全神経を集中させることが、良いスタートを切るための第一歩です。
飛び出しから入水まで!美しいアーチを描くテクニック

構えができたら、次は実際に飛び出す動作です。背泳ぎのスタートで目指すべきは、身体全体で一本の美しいアーチ(虹の橋)を描くことです。これにより、水面との衝突を避け、スムーズに水中へ潜り込むことができます。
合図とともに身体を引き上げる動作
スタートの電子音が鳴った瞬間、まずは腕でグリップを強く引き、身体を斜め上後方へと投げ出します。この時、多くの人が「後ろに飛ぼう」としすぎて、頭から突っ込んでしまうミスを犯します。しかし、正しくは「斜め上に飛び上がる」意識が必要です。
イメージとしては、バレーボールのバックアタックや、走り高跳びの背面跳びのように、身体を一度空中に浮かせる感覚です。腕の引きつけを利用して身体をプールサイドから離し、その反動で壁を強く蹴り出します。腕の動作と足の蹴りが連動することで、爆発的な推進力が生まれます。
頭を後ろに投げるタイミングと視線
飛び出しと同時に、頭を勢いよく後ろへ投げ出します。この頭の動きが、身体を反らせるためのスイッチの役割を果たします。視線は天井ではなく、プールの反対側の壁や、進行方向にある5メートルのフラッグを見るように意識しましょう。
顎を引いたままだと、背中が丸まってしまい、背中から水面に落ちる「背打ち」の原因になります。逆に、顎を上げすぎても身体が伸びきってしまいます。首の力を抜き、頭の重みを利用して後ろへリードしていくのがコツです。
上級者の中には、空中で一瞬視線を止めるような動きをする選手もいますが、基本は「頭が一番先に進む」ことです。頭が通った軌道を、肩、腰、足が追いかけていくイメージを持ちましょう。
腰を高く保つための背中の反り方
きれいなアーチを描くために欠かせないのが、腰の位置を高く保つことです。空中で腰が落ちてしまうと、入水時にお尻が水面に激突し、ブレーキがかかってしまいます。
腰を高く上げるためには、おへそを天井に突き出すような意識を持つと良いでしょう。背筋を使って身体を「く」の字の逆(ブリッジの形)に反らせます。ただし、反りすぎも腰への負担になるため注意が必要です。胸を張り、肩甲骨を寄せるようにすることで、自然と背中が反り、腰が高い位置にキープされます。
この空中姿勢は陸上でも練習できます。マットの上でブリッジをしたり、バランスボールを使って背中を反らせる感覚を養ったりするのがおすすめです。
指先から一点に入水するクリーンエントリー
理想的な入水は「一点入水(ホールインワン)」と呼ばれるものです。指先が入った同じ場所に、頭、肩、腰、足が次々と吸い込まれるように入水します。これができると、水しぶきがほとんど立たず、水の抵抗を最小限に抑えることができます。
入水の瞬間、手は重ねてストリームライン(流線型)を作ります。指先が水に触れたら、身体を一直線に伸ばし、針のように鋭く水中へ突き刺さっていきます。もし足がバタついて水面を叩いてしまう場合は、膝が曲がりすぎているか、蹴り出しの角度が悪かった可能性があります。
水中の加速が勝負!バサロキックとストリームライン

入水後の水中動作は、スタートで得たスピードを維持・加速させるための重要なフェーズです。ここでどれだけ距離を稼げるかが、勝負の分かれ目となります。
抵抗を極限まで減らすストリームライン
水中に入ったら、すぐに完璧なストリームラインを作ります。両手を耳の後ろでしっかりと重ね、二の腕で頭を挟み込むようにしてロックします。この姿勢が崩れていると、どんなに強いキックを打っても水の抵抗を受けて減速してしまいます。
特に注意したいのが、腰の反りすぎです。入水時のアーチ姿勢のまま泳ぐと抵抗になるため、水中に入ったら腹筋に力を入れ、背中を真っ直ぐにします。「板」になったような感覚で、水の中を滑るように進みましょう。
バサロキック(ドルフィンキック)の打ち方
背泳ぎのスタート後のドルフィンキックは、通称「バサロキック」と呼ばれます。通常のクロールのバタ足よりも大きな推進力を生むことができるため、ルールで認められている15メートルギリギリまで潜って進む選手も多いです。
バサロキックのコツは、足先だけで蹴るのではなく、みぞおちから下を鞭(ムチ)のようにしならせて蹴ることです。アップキック(蹴り上げ)の際にお尻の筋肉を使い、ダウンキック(蹴り下ろし)の際に腹筋を使います。
リズムよく「イチ、ニ、イチ、ニ」と刻むことも大切ですが、ただ速く動かせば良いわけではありません。一回一回のキックでしっかりと水を捉え、身体を前に押し出す感覚を掴みましょう。フィンをつけて練習すると、水の重さを感じやすく、身体のうねり(アンジュレーション)を習得しやすくなります。
鼻に水が入らないための鼻栓や呼吸テクニック
背泳ぎの水中動作で最大の敵となるのが「鼻に水が入ること」です。仰向けで水中にいるため、鼻の穴が上を向きやすく、キックの勢いで水が逆流してくると激痛が走ります。
これを防ぐためには、常に鼻から少しずつ息を吐き続ける必要があります。「んー」とハミングをするように、一定のペースで空気を出し続けましょう。息を吐ききってしまうと苦しくなるので、吐く量をコントロールする練習が必要です。
どうしても鼻に水が入ってしまい、練習に集中できないという方は、練習時だけでも「鼻栓(ノーズクリップ)」を使用することをおすすめします。トップ選手でも練習では使用している人が多くいます。鼻の悩みがなくなるだけで、キックの動作に驚くほど集中できるようになります。
スムーズな浮き上がりへ!ブレイクアウトの重要ポイント

水中から水面へ出て泳ぎ始める瞬間を「ブレイクアウト」と呼びます。ここで失敗すると、急激にブレーキがかかり、せっかくのスタートの勢いが死んでしまいます。
浮上するタイミングを見極める方法
いつまでも潜っているわけにはいきません。息が続く限界や、ルール上の15メートルラインの手前で浮上する必要があります。初心者の場合、まずは壁から5メートル〜7メートル付近での浮上を目指すと良いでしょう。
浮上のタイミングは、急に角度を変えて上がるのではなく、飛行機が離陸するように徐々に角度をつけていきます。バサロキックの軌道を少しずつ上向きに変えていき、水面が近づいてきたのを感じ取ります。
最初のかき出しとキックの連動
水面に出る直前、まだ身体が完全に浮き上がる前に最初のアームストローク(ひとかき目)を開始します。片方の手で水をかき始めると同時に、その推進力を利用して身体を水面上へ押し上げます。
この時、キックを止めないことが非常に重要です。バサロキックからスムーズにバタ足へと切り替え、足の動きを止めずに腕を回し始めます。手と足の動きがバラバラになると、身体が沈んでしまう原因になります。
勢いを殺さずに泳ぎへとつなげるコツ
ブレイクアウトでよくある失敗は、身体が垂直に近い角度で飛び出してしまうことです。これでは水面に出た瞬間に大きな抵抗を受けます。あくまで「前に進みながら」浮き上がることが大切です。
最初のひとかき目は、通常よりも力強く、一気に水を後ろへ押し切ります。そして、反対側の手がリカバリー(空中移動)してくる勢いを利用して、リズムよく泳ぎの姿勢へと移行します。最初の3かき目くらいまでは、息継ぎをせずに一気に加速することで、トップスピードに乗ることができます。
よくある失敗と改善策!お尻打ちや深すぎを直そう

背泳ぎのスタート練習をしていると、誰もが一度は経験する失敗があります。原因を知ることで、効率よく修正していきましょう。
お尻や背中を打ってしまう原因と対策
水面に「バチーン!」とお尻や背中を打ち付けてしまうのは、とても痛いし恥ずかしいものです。この主な原因は、**「飛び出しで腰が上がっていない」**ことと、**「顎を引いて前を見すぎている」**ことにあります。
| 原因 | 対策 |
|---|---|
| 顎を引いている | 思い切って頭を後ろに投げ出し、後ろの壁を見るようにする |
| 足が滑っている | 壁を蹴る位置を確認し、真っ直ぐ後ろに力を伝える |
| 腰が落ちている | 空中で「おへそ」を天井に見せるつもりで突き出す |
恐怖心から身体が縮こまると、余計に背打ちしやすくなります。勇気を持って身体を反らせる方が、実は安全に入水できるのです。
深く潜りすぎてしまう時の修正方法
飛び込んだ後、プールの底の方まで潜ってしまい、浮き上がるのに時間がかかってしまうケースです。これは、入水の角度が鋭角すぎる(真下に向かいすぎている)ことが原因です。
修正するには、飛び出す際に「上」ではなく、もう少し「遠く」へ飛ぶイメージを持ちましょう。また、入水した瞬間に少しだけ手先や顔を上げる(指先を水面方向に向ける)操作をすることで、ブレーキをかけずに軌道を修正できます。
飛び出す力が弱くて遠くへ行けない悩み
「自分は脚力がないから遠くへ飛べない」と諦めていませんか?実は、脚力そのものよりも、タイミングの不一致が原因であることが多いです。腕で身体を引き上げる動作と、足で蹴る動作がバラバラになっていると、力が分散してしまいます。
練習のヒント:
プールサイド(陸上)で、垂直飛びの要領で「しゃがんでから腕を振り上げてジャンプ」する動作を繰り返してみましょう。腕の振りとジャンプのタイミングが合う感覚を養うことができます。
ルール違反に注意!失格にならないためのチェックリスト

競技会に出場する場合、スタートには厳格なルールがあります。せっかく良いスタートができても、失格になってしまっては意味がありません。主要なルールを確認しておきましょう。
スタート時の足の指の位置に関するルール
以前は足の指を水面より上に出してはいけない時期もありましたが、現在の世界水泳連盟(World Aquatics)のルールでは少し変更されています。基本的に、スタート装置(タッチ板や壁)に足をかける際、足の指がタッチ板や排水溝の「上端(リップ)」に引っ掛かって(曲がって)いてはいけません。
わかりやすく言うと、「壁の角(縁)に指を引っ掛けてはいけない」ということです。足の位置を高くするのは構いませんが、足の指が壁の最上部の角を握り込むような形になると違反を取られる可能性があります。壁の面、または水中にあるタッチ板の面に足の裏(指)が接している必要があります。
15メートルラインを超えないための距離感
スタート後、頭が水面に出るまでに潜って進んで良いのは15メートルまでです。15メートルライン上に頭の一部でも出ていればセーフですが、完全に水没したまま通過すると失格になります。
自分のバサロキックで何回蹴れば何メートル進むのか、練習で把握しておくことが大切です。「だいたい8回蹴ったら浮き上がる」など、回数で管理するのが最も確実な方法です。
スタート後の姿勢と反転に関する規定
背泳ぎは、基本的に仰向けの姿勢を保たなければなりません。スタート直後のバサロキック中に、身体が90度を超えて横を向いてしまうと失格になる可能性があります(以前よりも緩和されていますが、完全なうつ伏せはNGです)。
また、浮き上がった直後に、コースロープを確認しようとして無意識に身体をひねってしまうこともあります。常に天井(空)を向いて泳ぐことを意識しましょう。
背泳ぎのスタート練習を積み重ねてベストタイムを目指そう
背泳ぎのスタートは、構え方、飛び出しのアーチ、水中動作、そして浮き上がりと、多くの要素が組み合わさって完成します。最初から全てを完璧にこなそうとすると混乱してしまうため、まずは「滑らずに壁を蹴る」「お尻を打たずに入水する」といった基本的なステップから一つずつクリアしていきましょう。
恐怖心を克服し、思い切って身体を反らせて入水できた時の「スポッ」という感覚は、一度味わうと病みつきになります。スタートが上達すれば、レース前半の余裕が生まれ、後半の泳ぎにも良いリズムをもたらします。ぜひ、日々の練習の中で少しずつトライして、あなただけの美しいスタートを手に入れてください。

